india2002のアーカイブ

5-10 カザ

5-10 カザ

 元気でいますか?
 もしかしたら、前回の手紙と一緒にこの手紙も届いてしまうかもしれません。何といっても交通の便が悪い土地ですから。郵便受けに2通入っていた時は、消印を見て古い方から読んで下さい。

インド・カザ

 カザという町にいます。
 広い谷に開けた小さな町です。現在のこの地方の中心地だけあって、ナコやタボに比べそれなりに町としての機能は整っているようです。とはいえ宿も食堂も旅行者が入れるような所は限られているので、どこに行っても見慣れた顔に会います。
イスラエルの兄ちゃんとは今も部屋をシェアしています。ここは平和なガザだと冗談を言っていました。パレスチナ自治区のガザと発音が似ているこのカザの町とを掛けたんだと思います。

 一昨日、ここからもう少し奥に行ったキッバルという村に行ってきました。
 村の入り口にあった看板に書かれている14,583フィートをメートルに換算すると4,445メートル。路線バスが通る世界一標高の高い場所にある村なんだそうです。

インド・キッバル

インド・キッバル

 僕らの泊まった宿の斜め向いには小(中)学校がありました。小さな校庭で朝礼が行われ、それが済むと彼らは学年毎に校庭の端っこに集まって、その場所で授業が始まりました。青空教室というやつでしょうか。もちろん、昨日も濃すぎるくらいの青空でした。もしこれが日本人などだったら、1日で肌が日焼けでボロボロになってしまうでしょうね。大きな声で教科書を読む声などが聞こえてきて、なかなか微笑ましかったです。でも、先生がやたらと生徒を引っ叩くのには少々閉口してしまいました。遠めに見ていて、多分宿題やってこなかったのかななどと理由がなんとなく分かる場合もあったのですが、なかにはどうにも理不尽な理由で(あくまでも第三者的な想像にすぎませんが)立たされたり殴られている場面もある気がしてならなかったです。周りにいた欧米人の宿泊客も、最初は「やれやれ」といった感じで見ていたようですが、次第になんだなんだこの国は、軍隊みたいだ、みたいなことを言い出す人もいました。僕らの子供の頃もこんな感じだったと思うんだけど、今の教育現場で体罰なんかしたら、大問題ですね。

 翌日、キッバルからカザへ歩いて戻る途中、「キ」という場所にあるゴンパ(チベット寺院)に寄りました。広い谷の端にぽつんとある岩山の周りに寺院や僧院の建物がはり付いている、なんだか空に浮かぶ要塞のような雰囲気でした。
 階段を上り大きな建物の前の開けた場所に着くと、ちょうど昼食の時間だったようで緋色の袈裟を着た少年僧たちがあちこちに腰を下ろしながら食事をしていました。ふらりと現れた僕に気付いた大人の僧侶が、小僧に命じて僕の分の食事を持ってこさせました。この辺りで何度も頂いたことのある、炊いた米に豆のスープをぶっ掛けたようなシンプルな食事でした。吸い込まれるような青い空の下で小僧たちと一緒に食べたご飯はたまらなく美味しかったです。

インド・キ

インド・キ 

 カザを明日発つ予定です。
 本当は、ここからさらに奥のクンザン峠を越えてこの地方をぐるっと1周する形でマナリに戻り、そこからニューデリーに行きたかったのですがまだしばらくは積雪のせいで峠が通れないらしいのです。先日すれ違った日本人の女の子と同じ状況になってしまった訳です。とても残念です。
 同じ道を戻るだけなのにもう1度入境許可証を貰わなければならなくて、今日はそのためにあちこち走り回ってました。しかし許可証を発行する担当役人が休暇でいなくて、警察のサインしか貰えませんでした。役人のスタンプがなくても多分大丈夫だと言われたんですが、少し心配です。なんといっても、ここはインドですから。

 交通も不便だし呆れるくらい道も壊れているし、宿も寒いし空気も薄い。でもそんなこと忘れさせてくれるくらい青い空や乾いた山々を吹き抜ける風、日常に根付いているチベット仏教や暖かい人々。
 この土地には10日間程度では分らないような、もっと色々な素晴らしさがあるような気がしてならないのです。
 旅はもう少し続きそうです。
 また何年後かに戻ってきたい。
 そして今度は君と一緒にこの風を感じたい。
 そう思うのです。

iインド・キッバル

( Kaza / India / 2002 )


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