パリから

「ヨーロッパの冬の寒さと寂しさ」をパリに来て身に染みて感じています。
 先日まで居たバルセロナがあまりにも良い天気だったものだから、重苦しい雲に厚く覆われているパリの空が陰鬱で寒々しく感じます。
 雪が降っています。
 公園の植木に引っかかってくっ付いている、猫の抜けた冬毛のような白い雪片が、たっぷりと水気を含んで空から落ちてきます。シャンゼリゼ通りを突き当たった真中にどっしりと構えている凱旋門も、寒々しく落葉した立木が並ぶ公園に澄ましてと立っているエッフェル塔も、みっしりと均整のとれたプロポーションのノートルダム大聖堂も、茶色く濁ったセーヌ川に浮かぶシテ島も、何もかもが、降りしきるもったりとした雪の幕の向こうで、輪郭を曖昧にさせながらじっと何かに耐えているようです。パリの街の何もかもが色をなくしてしまい、モノクロ写真の中を歩いているような気がします。
体感的な寒さだけではなく、精神的にも寒さを感じることがあります。
 例えば、道に迷い、がむしゃらに歩いているうちに日が暮れて、街灯やネオンが灯り始め、寒そうに家路へと急ぐ人たちの間を、とぼとぼと歩いている時。
 晴れ間が見えたある日。川風に吹かれながら、セーヌ川に架かる橋の上で、茜色に染まった西の空を眺めている時。川岸を埋めている古い建物の上から、少しだけ頭を見せているエッフェル塔。その上の紺青の幕にすうっと白い引っ掻き傷を残す飛行機雲。
 親密そうに身体を寄せ合いながら歩く若いカップル。お互いに杖を突き、空いた手をつなぎながら公園を散策する老夫婦。ウインドウショッピングをしている両親に、それぞれの手を引かれてヨチヨチと歩く、少し着膨れした男の子。街のいたる所で見かける、いろいろなキス。
 暖かい食事や、暖房のきいた部屋というのではなく、心の中に温もりが欲しくなってしまいます。

パリ夕暮れ

 今回の旅で初めてユースホステルに泊まっています。ドミトリーだから、夜遅くなって、既に部屋の電気を消されている場合、寝ている人に配慮してそっと動かなければならないけれど、それはお互い様です。2段ベッドの上段に上る時、まだ寝ていなかった下のブラジル人に「悪いね」と言ったら、「構わないよ。俺も明日の朝は5時頃ばたばたするから。朝早い飛行機なんだ」と言われてしまいました。ちなみに、僕は翌朝彼が出て行ったことに全く気が付きませんでした。
 パンとコーヒーだけとはいえ朝食も付いているし、暑いくらい暖房も効いているし、たまに騒がしい奴らもいるけど同じような旅行者が集まっているので情報も集めやすいです。
 3日間同室だった、学校の休暇を使ってマルセイユの近くからパリに観劇に来ていた背の高い若者は、とても大人しくて物静かな男でした。自分の履いている靴が臭うらしく、僕らに気を使って寝ている時は窓の外に出しておくような男です。僕は、欧米の若者は誰にでも気軽に話し掛けてくるものだとばかり思っていました。今まで会った人もそういうタイプが多かったからです。しかし彼はとにかく言葉が少ない。僕も他の旅行者と気軽に喋る方ではないから、それはそれで楽だったのですが、理由はどうやら僕と同じだったみたいでした。彼は僕以上に英語ができなかったのです。
 旅をしている時、現地の言葉を喋ることができれば問題はないのですが、やはり会話の基本は英語ということになります。安宿や食堂でも、観光客が立ち寄りそうな所は、片言でも英語は通じることが多いし、ユースホステルなどで出会った旅行者は、自然と英語で会話をすることになります。事実上の世界共通語は、残念ながら日本語でもないし、フランス語でもないのです。こうした場合、その人の性格や、その場の雰囲気によっても違うし、場数を踏めば徐々に慣れてはきますが、英語が分からないか、知っていても自信がない人はなかなか喋られないものです。思えば、今まで気軽に話し掛けてきた人というのは、母国語が英語か、英語に自信のある人だったような気がします。
 異なる言語での会話においては、同一言語の時以上に、相手のことを考えなければならないと僕は思います。そして、言語のイニシアチブを握っている人間の態度が、その場でのコミュニケーションが成立するかどうかの鍵になります。知っている単語を並べて、たどたどしく話してくる人の言葉は、普段以上に理解しようという気持ちがないと汲み取ることがません。逆に、たとえまどろっこしくても、自分の言語をよく知らない相手に、内容を分かってもらおうという気持ちで話さないと、コミュニケーション手段としての言葉は意味をなさなくなってしまいます。同じことは、人に何かを教える場合にも当てはまると思います。
 しかし、自分が普段遣っている言葉というのは、なかなか客観的に俯瞰できないものです。だからかえって分からない者同士の方が、お互いにそれを意識しているだけに、話が通じてしまうことがあるのです。僕らも日本語とフランス語と少しの英語で、最低限のコミュニケーションが成り立ちました。でもきちんと会話するためには、なんやかんや言っても結局のところ、外国語をきちんと勉強して、使いながら慣れることが一番大切なんでしょうけど。
 ユースの食堂で会った人に中欧東欧を周ってきた人がいて、あれこれ話を聞いているうちに、行きたくなってしまいました。2日ほど悩みましたが、直接イタリアには行かず、少し寄り道しようと思います。まずはプラハです。

エッフェル塔

( Paris / France / 2002 )