モロッコから

 モロッコにいます。
 正確には、マラケシュ発、シディ・カセム経由、タンジェ行きの列車の中にいます。1時間くらい前にシディ・カセムで乗り換えました。朝マラケシュを出た時はとても良い天気だったけど、北上するにつれて雲が少しずつ増えて、今は薄曇りです。車窓の風景も、乾いた薄茶色からしっとりした緑色に変わりました。砂漠地方の乾燥した強烈な晴天の下でしばらく過ごしたので、こういう湿り気を含んでいる緑色を見るとほっとした気分になるけれど、同時にヨーロッパの冷たい雨も思い出してしまい少し憂鬱になります。
 今僕がいるのは6人掛けのコンパートメントです。僕の他には、週末をラバトの実家で過ごしてタンジェに戻るという翻訳家の30代前半の男が1人、居眠りをしています。座席の間隔は広いし、埃っぽくもないし、窓もきちんと閉まるし、走行音もそれほど気にはなりません。まあ快適な移動です。モロッコは、客引きや物売りの愛想の良さ、調子の良さ、しつこさなどがインドみたいで、交渉や雑談を楽しめる反面そこそこ辟易していたせいもあって、列車も同じようなものではないかと想像していたのですが、思い過ごしでした。

 僕は車窓から眺める風景が好きです。この列車も外を眺めたいから夜行ではなく昼間走る便に乗ったのです。
 当たり前のように空は蒼くて雲は白い。赤茶けた岩山や細かな小石が広がる荒地。
 踏み均されて白くなった細い道。自転車。荷車を引いたロバ。
 白壁、赤茶色の屋根。
 几帳面に鍬が入れられたなだらかな丘の斜面は、牧草だか麦だかにびっしりと覆われて、緑の波のようです。
 所々に咲く無数の白や黄色の小さい花。
 真っ赤な服を着たおばあさんが歩いている。
 じっと列車を見送っている遮断機手の男。
 畑仕事をする女性たち。
 遠くに紺色のジュラバを着た老人が、杖を持って丘の中腹にすっくと立っている。その周りには草を食む羊たちが点々と広がっている。列車が近付くにつれて老人や羊たちが大きくなり、その周りを回転するように通り過ぎる。そして次第に彼らは小さく離れていく。
 日の光の眩しさに目を細めながら、黄土色や白い壁にもたれて座っている老女たち。
 土手の上に並ぶ石と土でできた家々、夕陽に染まった子供たちが列車に手を振っている。
 見飽きることはありません。でも、通り過ぎる一瞬の光景しか見られないことがもどかしくて残念に思います。でも一瞬だからこそ、それらが鮮明に網膜と記憶に焼き付くのかもしれません。だから僕は車窓をぼんやり眺めることが好きなのです。

メルズーガ・サハラ砂漠

 10日前にいたサハラ砂漠について書きます。
 シェビ砂丘という、高さ数100メートルもある砂山が無数に連なり複雑な曲線を作り出す砂の大地は、圧倒的に広く大きく、そしてとても静かできれいな世界でした。僕は今まで、ただの砂の集まりがこれほど表情豊かなものだとは思ってもいなかった。色も形も刻一刻と変化していくのです。砂漠は生きているということを実感しました。
 夜明け前、東の空が白み始める頃の砂は冷たい灰色です。日が昇るに従い砂も明るくなっていき、少しずつ黄色味を帯び始めます。朝の光が当たった部分と、まだ影になっている部分とのコントラストが強くて、とても眩しくなります。太陽の強い光で砂はどんどん熱を帯び始め、色も濃いオレンジ色に近付いていきます。焼かれて力強い姿に変わります。複雑な起伏があちこちに黒い影を作り出し、その模様が更に細かくなります。しかし別の方向に目をやると、なだらかな斜面がどこまでも広がり、つるりとした曲面を見せています。
 僕はその砂肌の上を、丘のてっぺんを目指して歩いていきます。柔らかい砂に靴が足首まで埋まり、滑り、足をとられながら少しずつ登ります。振り返ると、滑らかな斜面の上に無粋に歪んだ小さな穴が、点々と連なっているのが見えます。でもそんな卑小で下品な足跡は、この世界からはすぐに排除されてしまいます。ずっと吹いている強い風が、膨らんだ場所を撫でるようにそっと削り、窪んだ部分を静かに埋めていくのです。その風は砂肌に柔らかな何本もの筋を刻み、丘の稜線を少しずつ歪ませ、窪地を埋めていきます。こうして気が付かないうちに砂丘の姿が変化していっているのです。
 頂上に辿り着くとその先に見えたのは、やはり同じように重なり合った斜面でした。僕の周り360度、見渡す限りどこまでも砂ばかりです。細かい砂が入らないように、上着のジッパーを首まで上げてタオルを顔に巻いて、僕は斜面に寝転びます。信じられないくらい静かで、地球が太陽の周りを回っている音が聞こえてきそうなほどでした。風に飛ばされた砂が上着に当たる、ぱらぱらという乾いた音がかすかに聞こえます。こうしている間に、ここまで歩いてきた証拠である足跡まで消えて、僕は砂の中に1人取り残されてしまう。そして僕の身体も知らないうちに砂に覆われてしまう。そんなことを思いながら目を閉じていると、いつの間にか眠りに落ちていました。

メルズーガ・サハラ砂漠

 目が覚めると午後の太陽はますます傾いて、砂の色も赤味を増しています。地上の全てを覆い隠すような大きな空は、水色から紺色へのグラデュエーションです。起き上がって身体に積もった砂を払うと、細かな粒がさらさらと落ちました。ゆっくりと歩いていくうちに、太陽は静かに高度を下げて、空が濃くなるにつれて砂も赤ではなく青みを帯び始めます。ちくちくと肌を刺すような熱さも、今では肌寒ささえ感じるようになります。そのうち太陽は、白っぽく光ったまま西の砂の中へと沈み、しばらくするとその上の辺りがぼうっと赤く光り出します。空は既に群青色で、交じり合った部分が紫色に染まっています。既に砂は青から暗い灰色へと変わっています。見上げると、三日月になりかけの細い月が、白く滲むように光っています。
 夜の砂漠は恐ろしいほど静かです。砂漠の中にあるテントは、電気がないので真っ暗です。頭上には、白いビーズを濃紺の布にぶちまけたような、数え切れないくらいの星空が広がっています。自分の身体も砂の大地も真っ暗な闇に包まれ、目が慣れるまでは自分自身がどこにいるのか、存在しているのかさえ分からなくなります。ひんやりとした砂の上に仰向けになると、宇宙の中に浮かんでいるような気分になります。
 砂漠は常に姿を変えます。ここで僕があれこれ説明しても仕方ないのですが、黙っていられないくらいの世界を見ることができました。
 
メルズーガ・サハラ砂漠 
 

 昨日髪を切ってもらいました。
 マラケシュで泊まっていた宿の1つ置いた隣の部屋に日本人カップルがいて、一昨日フナ広場の42番屋台で夕食を一緒に食べました。最近彼女に髪を予想外に短くされてひどく腹を立てたというがっしりした体格のタケさんと、しっかりした姉さんといった印象の背の小さなミカさんという、僕より年上の2人です。ミカさんが美容師だというので頼んでみたら軽く了解してくれて、昨日の午前中、晴れわたった宿の屋上で青空美容室が開店することになったのです。「やや長くなりすぎた髪」を、「少々長め」に仕上げてもらいました。字面を見るとあんまり変わらない感じだけど、軽くなりさっぱりした気分です。
 2人は1ヶ月くらいの予定で、のんびりモロッコを周ると言っていました。転職前の長期休暇を利用してミカさんがモロッコ旅行を計画し、旅慣れている彼氏のタケさんを、ボディーガード代わりに連れてきているらしいです。財布はミカさんが握っているものの、タケさんはあちこち酒の飲める店を探しに行っては、飲んで戻ってくるそうです。まだ結婚はしていないそうだけど、2人を見ていると、旅行というよりも普通にここで暮らしているみたいに見えてきてしまいます。2人の周りの空気や時間は、常に自然で普段のままで、場所がどこであろうとそんなことは関係ないように思えてくるのです。時間的な余裕があるからなんだろうけれど、急がず2人で楽しみながら旅をしています。
 1人旅は総合的に考えて気楽だし、僕に合っていると思っています。旅の連れが3人以上の場合、それぞれにベクトルが分散するので、そこそこバランスは保てるだろう。でも2人だと矢印は常にお互いに向いたままだし、特に旅行中は日常の範囲を越えた問題も増えてくるから、反発や摩擦も大きくなる。そう思っていました。でもタケさんとミカさんを見ていても、そんな様子は微塵も感じられなかったし、むしろ2人で旅をするのは当然のことだ、というような印象を受けました。まあ、他人には分からない、いろんな衝突もきっとたくさんあるんだろう。それでもいい旅を続けていられるのは、そういうものがすぐに解消されてしまうくらい、お互いが分かり合えているからこそなんだと思います。薄暗くなってきた列車の中で、旅を2人で楽しんでいくというのはなんだかとても素敵なことではないか、としんみり感じています。
 もうそろそろ終点のタンジェに着くはずです。向かいの席の翻訳家はまだ寝ています。
 厚さにむらがある雲の、西の方がほんのりと赤紫色に輝いています。
 それでは。

( Morocco / 2002 )