Piece.01「」

02-5 カンボジア国境の町ポイペト。
 タイ側のアランヤプラテートへ抜けるために出入国管理事務書で出国手続きをする間、しばらく待ち時間があった。空は雲に覆われていて日差しはなかったが空気が湿り気を帯びていた。
 アンコール観光の拠点となる町シェムリアップからここまでの道のりは過酷だった。僕たち旅行者は、カンボジア国内では都市間で荷物輸送しているピックアップトラックを見つけて、米や貝などがぎっしり詰まった何袋もの荷物と一緒に荷台に乗っていかなくてはならなかった。
 それらのトラックは、通過する町に住んでいる地元住民とバックパッカーにとっての貴重な足になっていた。 荷台にはもちろん屋根などなく、つかまるところすらなく、日差しと埃と風と雨を受けっぱなしである。何人かは中に座れるのだが、座席は固く隣同士の肩が触れるくらい窮屈な場所だった。

02-2  シェムリアップからの国道は舗装されているどころか、俄かには信じがたいくらい土の道路がえぐれていた。穴によっては1mほどもあり、乗っているトラックがひっくり返るのではないかと何度も心配になるほどのところもあった。
そんな道が延々と約150㎞、6時間くらいの道程が続く。
別名「ダンシングロード」
座っているだけで自然と身体が弾んでくる。喋っていてうっかりしていると舌を噛みそうになる。

 どこまでもまっすぐな道が伸び、周りは地平線が見えるほどの草原、湿原、遠くに丘のような山のような起伏が見え、点々とオアシスのように森があり町がありそこを通過していく。
何度か街道沿いの店で給油したり食事をしたり一服したり、荷物を積み、下ろし、人が降り、また別の人が乗っていく。
地元の人同士で会話が始まり、時には歌など歌い出す。カンボジアで暮らす人々の日常生活の中に僕らが居候しているような気がした。

カンボジア・シソフォン

 事務所の前は広場になっていた。
 男の子たちが何人かサッカーボールで遊んでいるのをしばらくぼんやりと眺めていた。丸い鼻のクメール系の顔にしては目鼻立ちのしっかりした少年や金髪の子供がいた。そういう子供たちはシェムリアップでも見かけた。かつてカンボジアはフランスの植民地となっていた時代があり、その名残が所々で現れているのだった。

カンボジア・ポイペット 少年たちは、上手くはないのだが一生懸命ボールを追いかけていた。
 遊んでいるところを撮ろうと思い近づいていったらその子の周りに他のみんなも集まってきた。それじゃあみんなで撮ろうということになりカメラを構えたら、その中の一人が一緒にじゃれていた子犬を、「こいつも俺たちの仲間だ」というように抱き上げた。

 やがて手続きが終わりパスポートにスタンプが押された。
 まだ広場で遊んでいる少年たちに手を振ってタイに向けて歩き出しながら、あいつらは毎日ここで何人ものいろんな国の人を迎えて、そして見送っているのだろうと思った。
 僕らにとってみれば旅先で出会った人達は忘れられない大切な記憶の1つとなっていくのだが、彼らにとってみれば僕らは自分達の日常を通過していくだけの存在でしかないのだと思った。
旅行をしていて、ふと寂しくなる瞬間だ。

/* Poipet — Thailand — 2010 */