シャボン玉

 空とメコン川が夕日で赤く染まっていた。
 今夜の宿を探すためにスローボートから一斉に降りていった旅行者たちがいなくなり、船着場の周りはひっそりしとしていた。伸びていく自分の影の輪郭がどんどんぼやけて薄暗い小さな村の中に溶けていった。

 パークベンは100人以上の旅人が一体どこに収まっているのか不思議になるくらい小さくて何もない村だ。レストランや雑貨店の明かりでぼんやりと照らされたメインストリートを歩き目についたレストランに入ると、お客は3人ほどしかいなかった。
 挙動不審なボーイは他に空いているテーブルがあるのに金髪の若者の向い側に僕を座らせた。既に食事を終え瓶コーラを飲んでいた若者は別に気にする様子もなく僕に挨拶して席を勧めてくれた。近くで見るとファッションモデルのような顔立ちだった。
 彼は「これが僕の名前」と言って、刺青だらけの腕を見せた。そこに彫られている「薩母○爾(○は見たことのない漢字だった)」を見て「サモ・・・なんとか」と僕が迷っていると、ほんとに君は日本人かというような顔をして「僕の名前はサムエルだ」と言った。ユーロッパの若者は刺青に対し抵抗がないのだろうかといつも思う。
 スイス人のサムエルはジョイントを吸いながら一生懸命ノートに何かを書いていた。イスラエル人の彼女のために、イスラエル語を勉強中だと言った。文字も発音も難しいらしい。
 既に2週間ほどラオスを旅しているサムエルに、ラオスの物価や簡単な言葉を教えてもらった。旅慣れている雰囲気はあるものの清潔そうな襟付きのシャツを着ていてバックパッカーには見えない彼だが、旅する土地の言葉を覚えて地元の人とコミュニケーションを楽しみながら旅をしているのが感じられた。
 「今日はやけにキマッているなあ、あいつ」と言って先ほどのボーイを指した。彼は僕たちを見てニヤニヤ笑っていた。だから挙動不審だったのだ。

ラオス・パクベン

 どこかから再び集まってきた大勢の旅行者を乗せて翌日8時半にスローボートが出発した。指定座席ではないので乗り場で再開したサムエルと一緒にすいている方の船に乗り込んだ。さすがに硬い木製シートにずっと座っているのにうんざりし始めていたのだが彼も一緒だったらしく、適当に座席の座布団を取ると船の後ろにある椅子のないスペースに座り込んだ。床に直接座る形だ。これだと足を自由に動かせるので椅子に座るより楽だった。この辺りが旅慣れているんだよなあと感心していると、他の西洋人の若者たちも座布団片手に僕らの周りに集まってきた。
 初対面同士なので最初は大人しかったのだが、サムエルがジョイントを巻き始めてから徐々にみんなの緊張が緩み、トランプの大貧民大会になっていった。
 僕はこの雰囲気についていけなくなり、窓枠に腰掛けて昨日から代わり映えのしないメコン川を眺めていた。たまにものすごい速さのスピードボートが水しぶきを上げながら僕たちの船を抜いていった。スローボートで2日かかる距離をスピードボートは6時間ほどで移動するらしい。事故が頻発するので外国人観光客は使用が禁止されてるというのも納得できるスピードだった。

スローボートでメコン川を下る

 陽が傾き始め川面の波に反射する光が細かくキラキラと輝きだしていた。
 眩しさに目を細めていると、ふわっと光の玉が通り過ぎた。なんだろうと思って見ていたら、次から次へと小さな虹色のシャボン玉が船の横を流れていった。前の方を座席の窓から男性旅行者がシャボン玉を飛ばしていた。
 窮屈な長時間の船旅の中、こういうちょっとしたことがとても新鮮に感じられた。
 そしてこんなにも余裕がある旅をしている彼が羨ましかった。
 何もこれは旅に限ったことではない。
 普段日常の生活をしているときであっても同じだと思う。目の前のことしか見えなくなってしまい、少し変わったことをしてみようと思う気持ちを忘れてしまったり、関係ないものをできるだけ避けようとしてしまう。しかし何事にも余裕を持っていられれば、瑣末なことに煩われることなく物事に集中できるのではないだろうか。
 メコン川を漂うシャボン玉を眺めがらそんなことを思った。

スローボートでメコン川を下る

( Mekong / Laos / 2007 )