6-07 旅の距離感 前編

「こんな滅茶苦茶な国、もう二度と来たくないですね」

「何か分からんけど、ハマっちゃった。また来るよ、きっと」

「また、この国に来たいと思う?」
 こう質問すると、回答が冒頭のような相対する2つのタイプにはっきりと分かれる国、それがインドだった。何人もの人にアンケートをして統計を取ったわけではないが、インドを自由旅行する若者達(もちろん僕も含めて)にとっては極論などではなく一般的な事実である。暗黙の了解とでも言おうか。僕達は皆、それを承知でこの国にやって来る。そして、抱いていた期待を自分の目で確かめ、希望が現実に変わり、「諾」か「否」、訪れる前から用意していた言葉を、つぶやき、あるいは叫んで、去っていく。
 旅の印象を強烈に決定する一番の要因を敢えて挙げるとするならば、まず間違いなく、「自分達との距離の差」である。その距離をどれだけ自覚し、把握できたかどうか。それが、旅する上での決め手となる。今回の旅でそのことをより深く感じるようになっていた。
 そんなことを考えながら僕は、停電のためにあちこちの店で発動機を動かす大きな音と、そこから出る排気ガスと、乾いた道路から舞い上がる砂や埃に煙るデリーのメインバザールをぶらぶら歩いていた。こんなにも、人や物や音や色や匂いなどが混沌としている場所は初めてだった。最初のうちはその勢いと迫力に圧倒され、息苦しく、立っているだけで疲れてしまったが、今ではこういう雰囲気も悪くないと思うようになっていた。

「こんな滅茶苦茶な国、もう二度と来たくないですね」青年は首にかけたタオルで汗を拭いながら言った。
 午後4時半過ぎのジャマー・マスジットの東側階段は、モスクの向こう側に隠れてしまった太陽が作り出す東門の影の中にあった。日中は40度近くまで気温が上がり、僕らにとっては屋外を歩くこともままならない暑期の真っ只中である。それでも、この時間になると殺人的な日差しも幾分弱まり、階段には何人もの人たちが夕涼みでもするかのように腰掛けて、それぞれに夕方の落ち着いた一時を過ごしていた。
 といっても、決して静かな時間が流れているわけではなく、お互いに喋りあう声、近くの市場からの喧噪、遠くに見える道路からかすかに届く車のクラクションの音、階段の下にある小さな店から流れてくる大音量のイスラム語(ラジオ放送みたいな感じだった)、放し飼いになっている山羊達の鳴き声(一応首には紐みたいなものを巻いているのだが、所有者がはっきりしているのかいつも疑問に思う)などが、四方八方から聞こえてくる。モスクの清掃奉仕員なのだろうか、箒を手にした男が先程から「もうすぐ閉まるから早く中に入れ」と言ってくるのだが、残念ながら僕達にその気はなかった。夕方のジャマー・マスジット東門付近は、こうした、どちらかといえば騒々しい、だけどとてもインドらしい空気に満ちていた。
 左手、1つ上の段に腰掛けている短髪の青年は、この騒々しい雰囲気もあまり気に入らないようだった。バックパックを目の前の一段下に置き、肩紐にしっかりと自分の両足を通していた。左斜め下の段には彼の友人が座り、ぼんやりと周りの人達を見ていた。彼らとは、午前中コンノートプレイスの「ケベンタ」というシェイク屋で出会った。暇だったので、今晩の飛行機でインドを発つまでデリー市内を観光するという彼らに付き合って、オートリキシャーで何箇所か回り、最後にこの場所にやって来たのだった。
「全てのインド人が、騙してやろうって目でこっちを見ている気になってきません?」
「そう?」
「きっと、結構値切ったとしても、向こうにしてみれば大儲けなんですよ。馬鹿な外国人から、また儲けてやったって、笑ってるんですよ」彼は後頭部辺りを軽く掻きながらそう言って、首に掛けたタオルで口元を抑えた。
 先程乗ってきたオートリキシャーのことを言っているらしかった。僕にしてみれば妥当な値段だと思ったし、彼らと運賃をシェアできるのだから不都合はなかったのだが、彼は憤懣やる方なしといった様子だった。そもそも定価のないインドでは、値段交渉して自分が納得した上で価格を決定するのだし、一旦払ったなら後で後悔しても無意味なのだが、敢えて口に出さずにいた。彼らは5月の連休を利用し5泊6日の日程でインドにやって来たのだが、こちらの旅行代理店でデリー~バラナシ~アグラー~デリーの列車のチケットを購入した際、予想外の金額を請求されていた(自分で手配した場合の2倍程度)。
「リコンファームを頼んだ時も、予約取れてないって言われて」友人がこちらを振り向き言った。
「そうらしいね」僕は座っている位置を少しずらしながら答えた。日陰になっているとはいえ、日中暖められた地面はまだまだ熱く、石段から尻に熱が伝わってくる。
「きっと内線電話で別の部屋にかけてたんですよ。航空会社じゃなくて。かけたらすぐにどっかから呼び出し音聞こえましたから」
「俺らにかけさせろって言うと、電話が調子悪くなるし。そこまでしますかね」
「するやろうね。でも、別の店でちゃんと確認してもらったんやろ?」
「まあ、そうなんですけど」
「なら、いいやん」
 2人でしばらくその時の話をしていた。4段ほど下の段には家族3人が筵のようなものを広げて寛いでいた。赤い色のサリーを着た母親は肘を突いて横になっていた。3歳くらいの子供が時折こちらを見るので、僕はそのたびに笑ったり変な顔をしたりした。
「インドにもう1ヶ月くらいいるんでしょ?ボッタクられたこととかないですか?」下の段から質問が来た。
「ないのぉ。自覚してないだけやろうけど」
「すごいっすね」と左斜め上からの声。
「だから、気が付いてないだけやって。自分で良いと思って払ってるんやしさ。さっきのオートリキシャーの値段も、あれくらいやろと思ってる」と、少し振り返って言った。「それに、そんなに拘る程の金額じゃないやん」
「うーん。でも、何か悔しいっすよ」納得いかない様子で、彼は後ろに手を突きながら言った。
「じゃあ、親切にされたってことはありましたか?」また下からの質問。
「あんまりないのぉ。最近だと・・・」
 一昨日、国立博物館に行くために歩いていたのだが、あまりに暑くて道路の脇に止まっていたオートリキシャーに声を掛けた。しかし、ドライバーが全く英語ができず、諦めて歩いていると、先程のオートリキシャーが近づいてきた。後ろに座った男性が一緒な道だから乗っていけと言い、博物館の前で降ろしてくれた。おそらく、何かの用事でその男性が席を外していて、戻ってきた時にドライバーが僕とのやり取りを話したのだろう。そのことについて説明した。
「結構いい人だよ、インドの人も。電車で前の席に座っていた人にアイスおごってもらったこともあるし」
「えぇー。本当ですか?」信じられないといった表情で2人は顔を見合わせていた。
 先程から、僕達の周りを5歳くらいの男の子がウロウロしていて、時折手を差し出してきていた。堪り兼ねて上の段に座っていた青年が、足に絡めたリュックのポケットから飴を取り出し、その男の子に渡した。男の子は、礼をするでもなく、少し口元を緩めただけで、階段を駆け下りて行った。周りの人たちはその様子をじっと見ているようだった。
「お前なあ、そんなことしたら、他の人にも同じことしないといけなくなるぞ」彼の友人が呆れたように言った。
「わかってるんだけど」
 案の定、どこからともなく何人かの子供がやって来た。彼は両手を広げて、もう持っていないという身振りをして対応に追われていた。実際、最後の1つだったようだ。しばらくすると諦めたのか、離れていった。
「確かに胡散臭い人は多いよ。特にデリーとかバラナシとか、北の方にね。僕も1日2回くらいは、怪しい男に声を掛けられるから」
「やっぱりそうでしょう?」そう言って、彼は水を2口ばかり飲んだ。夕方とはいえ気温はまだ高く、ペットボトルの水もぬるま湯みたいになっているに違いない。
「ニューデリー駅の外国人専用窓口があるやん、そこで朝一に列車のチケットを買ったんや。で、昼頃声掛けてきた男が真面目な顔して『今日から1週間、外国人窓口は休暇で閉まるから、俺の店で買ったほうがいい』なんて言うんやからね。アホかーって。こんなのばっかりやぞ」この他にも3つほど、自分の経験したことを極力客観的に説明した。
「ほやけど、まだ実際に引っかかってはいないし。これくらい普通なんじゃない?」
 2人は感心した様子で聞いていたが、どちらかというと情けない話なので僕はちょっと恥ずかしい気分になった。
 下にいる家族の方へ1匹の子山羊が近づいていったが、母親に追い払われていた。牛が右の方の階段をゆっくり上っていた。
「そういうのがインドなんやし、旅の楽しみの一つやと思うけどね、僕は」彼の顔を見て言った。「でも、そう思えるまでにはしばらく時間がかかるかもしれんけど」
「そんなもんですかねえ」
「そうやと思うよ。僕もまだ1ヶ月程やから偉そうなことは言えんけどの」
「そういう風に考えられるのがすごいっす。強いですね。さすが1ヶ月」
「確かに今回は駆け足でしたからね。でもサラリーマンだから仕方ないっす」と友人の方が言った。
「悪いのー、サラリーマンじゃなくて」
 モスクの門は、いよいよ閉まる時間になった。箒の男も僕達に声を掛けることは諦め、門の前を掃くことに専念していた。階段の下に向かって勢いよく箒を動かすので、砂やらごみなどがこちらに飛んで来る。それを避けるために、上の方に座っていた人達が横に移動していた。僕達は、立ち上がりゆっくり階段を下りた。東門から車が走る大通りまでは広い公園のようになっていて、真っ直ぐ参道が続いていた。その傍らでは筵の上で、プラスチックの小さい車のおもちゃやらどこかから拾ってきたような靴などが売られていた。骨と皮だけしかない細い両足が考えられない方向へ曲がり、両腕も無い男が筵の上で仰向けになり歌のようなものを呟いていた。
 大通りに出て、近くのオートリキシャーのドライバーと値段の交渉が始まった。僕は交渉を彼らにまかせ、後ろで聞いていた。
「多分、この値段でも高いはずですよ」そう言いながら、彼らはオートリキシャーに乗り込んだ。僕は良心的な値段だと思ったが、やはり彼らには納得できないらしかった。傾いた太陽に照らされて少し赤みを増したラールキラーの城壁が、左手奥に見えた。
「インドは面白かったですけど。でも次は違う国に行きたいですね。疲れました・・・人に」友人の方がそう言った。
メインバザールまで戻り一緒に夕食を食べた後、彼らはタクシーで空港へと向かっていった。
 旅をする場所の人たちとの距離は、インドにおいてとても顕著に感じるようになる。人口約10億人。街にも、市場にも、乗り物の中にも、とにかくたくさんの人達が、歩き、話し、食べ物を食べ、買物をし、物を乞い、時には地面に横たわっている。好むと好まざるとに関わらず、僕達は彼らを無視してインドを旅することはできない。時に彼らは、満面の笑顔と親切を僕達に与えてくれる。しかし彼らは同時に、僕達の前に手強い交渉相手として立ちはだかり、今までの自信や経験を迷い惑わせる存在でもある。あの青年達は、この距離を持て余してしまったのだろう。
 僕も実際にこの国に来るまでは、インドの人に対してあまりいい印象は持っていなかった。彼らのように距離感を掴めないまま、やり込められて早々に退散していたかもしれなかった。しかし、今ではこれも旅の楽しみの一つだ、と自然に受け入れられるようになった。僕にそのきっかけを与えてくれたのは、バラナシだった。