6-04 ガラス越しの世界

デリー~バンコク(片道航空券)       11,550ルピー
デリー~コルカタ(冷房三段式寝台特急券)   1,500ルピー
コルカタ~バンコク(片道航空券)       6,550ルピー

 以上の価格を考慮し十分思案した末に、デリーからコルカタまで特急のラジダニエキスプレスに乗り、コルカタからバンコクへ飛ぶことに決定した。時間を金で買うほど急ぎの旅でもないし、最後に豪華で快適と言われる特急列車に乗ってみたかったからだ。
 などともっともらしい理由を付けてみたが、単に3,500ルピー(約9,000円)も安くなることが決め手となった。
 ラジダニエキスプレスはインドの主要な大都市間を結ぶ特急で、全車両冷房完備、所要時間も普通の急行に比べてデリー~コルカタ間の場合3~5時間は早い。それだけ値段も高いのだが、一度は乗る価値がある。特に今の暑い時期では尚更だ。それに、なるべくなら40度にもなる列車内にこれ以上座っていたくないというのも本音であった。

 車窓に鉄格子がなく嵌め殺しの黄色く変色してしまった(日差しを和らげる働きがあるのかもしれないが)ガラス窓であるということ以外、車内はさほど今まで乗ってきた急行列車と変わるところがないようだが、しっかり冷房が効いていて汗をかくどころが長袖シャツを着ていないといけないくらい涼しいというのが決定的な違いである。座席も3段式の寝台車両なので一つのブロックに向い合わせの3人掛けの長椅子があって、夜になると自分で寝台を引き倒して寝床を作るというのは変わりがない。しかし、寝床に関しても乗務員がシーツと毛布と枕を持ってきてくれるのだ。素晴らしい。今夜は窓から吹き込む細かい砂や埃がうっすらと積もった寝台に横にならなくても良いのである。これだけでも、僕はとても贅沢をしている気分になってしまった。安上がりなものである。
 しかし、僕が一番驚いたのは、食事である。次から次へと給仕係りの髭のオジサン(日本のように女性ではないのがインドらしい)によって食べ物が出され、味はともかく何だか飛行機に乗っているような状態だった。

 ムンバイ駅で列車を待っている時、2等普通座席車両に乗り込むために長蛇の列を作る光景を見て、本当にこれだけの人々が車内に乗り込むことができるのだろうかと疑問に思ったことがある。身体一つでもスペースが確保できるかどうか心配なのに、各人が大きな荷物を持ってさえいる。年寄りもいるし、小さい赤ん坊を抱えた母親も並んでいる。
 しかし不思議なことに、発車する頃にはホームに並んでいる人達は皆いなくなってしまう。どんな魔法を使ったものか、一人また一人と列車の中に吸い込まれていってしまうのだ。僕は、そんな車内の混雑振りを想像しただけで息苦しさを感じてしまった。この暑さの中で、あんな空間に長時間じっとしていなければならないなんて、気が狂いそうになるかもしれないと思ったものだ。
 今、冷房の効いた座席に座っていると、お菓子や飲み物がきちんと並べられたプレートが手渡される。それを残さず平らげ、空の器やごみを載せたプレートを座席の横の通路に置いておくと、何時の間にか係の男が下げていってくれる。夜も更け眠くなると、シーツを敷き枕を置き毛布を掛けて効き過ぎる冷房に震えながら身体を伸ばして眠る。
 昼間見たガラス窓の外の景色は、僕が今までバスや列車移動していた時の40度の車内から眺めてきた風景と何も変わらないはずだった。乾いた埃っぽい土の大地に、暑さで少しぐったりしている木々。雨期の前に畑を耕す人々。照りつける日差しを反射している煉瓦や漆喰で出来た家並み。
 黄色味を帯びた窓ガラス越しに見る、窓枠の中に現れては消えていくそんな光景が、別の世界のことのように思えた。僕は本当に同じ世界を見ていたのだろうか。ガラス窓1枚でこれほどまで遠く隔たってしまうものなのだろうか。それとも、熱や風や埃から隔絶された空間にいる僕の方が、異世界の存在になってしまったのだろうか。そんなことを考えながら、僕は少しずつ眠りに落ちていった。

( India / 2002 )