6-02 頼りない助っ人

「これから一緒に悪い奴をやっつけにいこう!」
「はい?」
 宿屋や旅行代理店が軒を連ね、それらの看板や店内の照明で明るく賑やかな細い路地。そこのゲストハウスの1階にある旅行代理店でコルカタ~バンコク行きの航空券を買ったばかりの僕は、突然そう言われても何のことだか全く分からなかった。
「悪者を懲らしめに行くのだ。面白いぞぉ。君は背が高いからなんとなく強そうに見えるじゃないか。どうせ暇で宿に戻って寝るだけなんだろ?仲間は1人でも多い方がいいのだ」
 僕の肩に手を掛けながら、30代後半に見える日本人男性は関西訛りでそう言った。この人はもしかしたらヤバイヒトなのではないかと訝しんだが、酒臭くもないしクスリをやっているようにも見えなかった。少し大きめの目もしっかりしていた。Tシャツに綿ズボン、カーキ色の長袖シャツを羽織ったその男は僕を近くにある長椅子の方へ連れて行った。そこには3人の日本人男性が座っていた。
 白髪でがっしりした体つきの50代の男性、短髪で中肉中背の学生風の男性、そして少し長めの髪で眼鏡を掛けた30歳前後の男性だった。ここに来た時から彼らがこの辺にいたことは気が付いていたのだが、関わり合いになるなんて少しも思っていなかった。
「我々に新たな仲間が加わったぞ。頼もしいことじゃあないか。名前は?」
「山口です・・・」
「そうか。山口君か。よろしく頼むよ」
「またー。強引なオヤジだなあ」眼鏡の男性が言った。伸びて薄くなったよれよれのTシャツを着ている。他の2人はちょっと困ったような顔をしていた。
「うるさい。どうせ彼はすることがないんだ。そうだろ?さあ、まず飯食べにいきますか」
 彼はそう言ってすたすたと外に出て行ってしまった。僕はさっぱり状況が把握できていなかった。「あんたも災難だね。嫌だったら来なくても全然構わないよ」眼鏡の男性が立ち上がった。白髪の男性も「どうもすいませんねえ」と言った。一体何なんだ。これから何が始まるのか見当も付かない。しかしズバリと言われた通りこの後することもなかったし、皆で食事に行くというので僕も参加してみることにした。少し面白そうである。

 隊長(僕は彼を心の中でそう呼ぶことにした)は「こりゃあ不味い!っていうターリーの店に行ってみますが」等と言って、夜のメインバザールの中を、道行く人やサイクルリキシャーを巧みに避けながら早足で歩いてく。3分程歩いた所にあるメインバザール沿いのインド定食屋だった。ターリー10ルピーという看板がかかっている。
「ここは不味いよー。でも安いからたまに食べる」彼は立ち止り振り返ってそう言った。そこは前回デリーにいた時に入った店だった。安さに釣られて入ったのだが、確かにそれほど美味しくはなかったことを思い出した。でもなぜこの人は不味いものを食わせようとするのだ。
「嫌だよ。俺、今日が最後のインドの夜なんだからまともなもの食べたいよ。いつものあの店に行こうよ」と眼鏡の男性が言った。そうだ、そうしてくれ。僕も最後に美味いものが食べたい。
「しょうがないなあ。じゃあ行くか。やってるかなあ」隊長は再びすたすたと歩き始めた。

 歩いている間に、眼鏡の男性に現在の状況について簡単に説明してもらった。彼と隊長は数ヶ月前偶然デリーで出会い、それぞれ別の場所に行ったのだが、先日偶然再会したのだそうだ。白髪の男性と短髪の若者は親子で、1ヶ月のインド旅行の予定で2日前の深夜に日本からデリーに着いた。しかし、空港からバスでデリー駅東側のタクシーの溜まり場に到着するなり、そこにいたタクシーの運転手に騙されて強引に宿に泊まらされて2人で180ドルも請求されてしまったのだそうだ。隊長がその話と愚痴を聞いて、同じ宿に泊まっていた彼ら4人でタクシー溜まりに行ってその運転手を探し出してとっちめようということになったのだそうだ。運悪くそれに僕は巻き込まれてしまったのだ。
 バターナン、ビリヤーニ(焼き飯)、トマトコンソメスープ。タンドリーチキン(インドで初めて食べた)、トマトカレー、タマゴカレー、チキンカレー等々勝手に食べたい物を注文し、腹一杯最後のインド料理を味わった。やはり大勢で食べに行くといろんな物がたくさん食べられるのでお得である。しかもこの店の料理は実に美味かった。僕らの気前の良い注文振りに店長(隊長と眼鏡の男性はここの常連らしい)も大喜びで、サービスでアチャールを振舞ってくれたのだが、これはあまり美味しくなかった。
 隊長は「インドに来たら右手一本でスマートに食わないとだめなのだ。アフガニスタンでもそうだった」と言いながら、器用に右手だけでナンをちぎったりライスにカレーを絡めながら食べていた。そう、隊長はアフガニスタン帰りだった。バーミヤンの石窟に登って、壁画の写真を撮ってきたらしい。「地雷原の中を走り抜けた」と言っていたが、生々しい話だ。

「さあ、運動しにいこうじゃないか」
 念のため部屋に貴重品を置いてデリー駅東口に向かった。隊長は妙に元気だった。僕も、もし運転手が見つかったとしても乱闘になることはないだろうし、アメリカのようにいきなり銃で撃たれることもないだろうから、気楽な気分でいた。でも、食べ過ぎで腹が辛くて走って逃げられないのが問題だった。
 東口は両替所もあり明るく、駅を利用する人も多くて割合賑やかだった。しかし、東側に広がる駐車スペースの辺りは照明も少なくぼんやりと暗かった。その暗闇の中で、無数のタクシーやオートリキシャーが停まり運転手達がうろつきたむろしているので、できることなら近寄りたくはない雰囲気だった。
 僕らはまず警官の詰め所に行ってみた。隊長が英語で説明するが一向に要領を得ない。結局、「そういう苦情は担当が違うし、もう仕事の時間が終わるから明日出直せ」ということを言われたようだ。隊長曰く、
「インドの警官は世襲制でカーストも高いからプライドも高く、外国人に対しては親切だ。しかし同じインド人に対しては非常に厳しい。特に罪人=カーストが低いってことになるから、手加減せずにボコボコにするのだ」
ということだったが、今夜は警官を頼りにすることはできないようだった。残念である。警官が悪い運転手を警棒で滅多打ちにする場面を見てみたかったのだが。
 しかし、その前に例のタクシー運転手を見つけ出さなければならない。当事者の親子は「顔ははっきり覚えています」と証言していたので、探索は彼らに任せ僕らは駅舎の脇の明るい場所で待つことにした。蒸し暑い夜だった。時刻は午後9時近いが、駅へ向かう人、駅から出てくる人、所在無げな胡乱な様子の男達などが僕らの周りを通り過ぎてゆく。親子は駐車スペースの方へ行っているらしくここからは姿が見えない。
「多分見つからないだろう。タクシーのナンバーを控えておくとか、ホテルの名刺を手に入れておくとかしないと、警察も取り合ってくれないよ。そもそも、真夜中にバスで空港からこんな所に来ること自体が問題なのだ。初めての海外で、しかもデリーみたいな街でそんなことやるか普通?俺でも朝になるまで空港で待つか、タクシー使って空港から予約入れたホテルに行くぜ。まあ、授業料だと思って180ドルは諦めてもらうしかないね。暫くすれば気が済むだろう」と隊長が言った。
 今までの言動とは違って、意外にも冷静に現状を把握していたようであった。自業自得といった感じがしないでもないが旅行開始早々騙されてしまった親子の気を少しでも晴らすために、敢えてこんな狂言回しみたいな状況を作って彼らの不運な事件に幕を引かせようとしていたのだろうか。それとも元々こういう状況が好きなだけなのだろうか。
「高い授業料だなあ」と眼鏡の男性が言った。

 10分程経って、親子が疲れた様子で戻ってきた。
「だめですね。もう見つからないですな。あの時とは状況が全く違います。あの時はここら辺りは真っ暗でしたし駅も閉まっていました。人も少なかった。でも今こんなに人がいるんじゃ探し出すのは無理です。まあ、これだけやって少しは気が済みました。どうもご迷惑をお掛けしました」そう言って父親の方が軽く頭を下げた。
「そうですか。確かにこの中から探すのは難しいでしょうね。少しは気が晴れましたか?でも残念ですね、せっかく助っ人も集めたのに。それでは帰りますか。長居は無用ですからね」隊長は笑顔でそう言って駅の反対側に繋がる階段を登っていった。
「悔しいですが、仕様がありません。インド旅行の勉強代だと思うことにします」父親は前を見ながらそう言った。
「ちょっと高い授業料になってしまいましたね」眼鏡の男性が僕をちらりと見て言った。

 彼ら4人が泊まっている宿の1階にあるレストランで、それぞれ冷たいコーラを飲んだ。親子は、「今日は疲れてしまったので早めに休みます」と言って、上階に上がっていってしまった。僕ら3人はそのまま少し話をした。やはり今日のワールドカップの日本対ベルギー戦が気になっていたようで、僕が結果を彼らに伝えた。眼鏡の男性はこの後イスタンブールへ飛ぶそうだ。本当はパキスタンにも行きたかったようだが、現在日本人はインドでパキスタンビザを取得できないそうで、諦めたらしい。隊長は「アフガニスタンも行こうと思えば簡単に行けるぞ。行ってみたいか?」などと軽い調子で言っていた。もう怖いものはない、といった感じだった。そんな、プロの写真家である彼が言った言葉が心に残った。

「100パーセントの力は誰でも出そうと思えば出るもんだ。俺は常に120パーセントの力で仕事をする。そして次はその120パーセントの結果が基本(100)になる。そうやって常に上を目指して行くのだ」

 先日、書店で彼の写真集を見つけた。
 この時撮影したバーミヤンの石窟壁画と、その周りに暮らすアフガニスタンの人々の写真が並んでいた。なるほどね、と僕は、彼の顔とあの夜の一件を思い出しながらそう思った。

( Delhi / India / 2002 )