5-08 タボ

 元気でいますか?
 僕は体調は申し分ないです。ただ、日焼けと乾燥で顔が老人の様になっています。カサカサで、気味が悪いくらい皺だらけです。今朝久し振りに鏡を見てびっくりしてしまいました。寿命が縮まった感じです。まさに殺人的な日差しです。

 昨日バスの乗り換えの時に(土砂崩れで道路が壊れている場所では、歩いて向こう側に行き待っているバスに乗り換えなければならないのです)、カザから戻ってきた日本人の女の人に会いました。欧米人は多いのですが(今も、イタリア、スイス、ポルトガルの人と同室です。同じ宿には、他に10人くらいの欧米人が泊まっています)、ここに来て日本人に会ったのは始めてでした。彼女の方も僕が初めて見た日本人なのだそうです。
 クンザン峠を越えてマナリに行きたかったらしいのですが、雪で通れず引き返してきたそうです。彼女もスピティがとても気に入ったと言っていました。来る時はナコ下道路の土砂崩れのために3キロくらい歩かなければならなかったようで、僕が今は歩かなければならない距離は1キロくらいになっているよと言うと、「よかったー」と笑顔になって、大きく見えるリュックを背負って歩いて行ってしまいました。その姿を見ていたら何だか、君のことを思い出しました。多分こういう感じなんだろうなあって。
 彼女もやはり日焼けで顔がボロボロでした(ひどい言い方ですが・・・)。僕と同じくらいの歳だと思うけれど、日焼けと乾燥肌のせいで年齢不詳、それに最初は地元の人だと思っていたくらいです。それに、4、5日身体を洗わなくても平気なことと、普通じゃないくらい悪路の山道を8時間以上バスに揺られていても大丈夫なこと、そして時々土砂崩れで道路が壊れているので、リュックを担いで数キロ歩ける体力ですね。まあ問題ないと思いますけど。

インド・ナコ

 空が、本当に、青いです。いや、「蒼い」かな。
 砂利と岩山と、少しの木々と、白い壁の家。土色のゴンパ、5色(青、白、赤、緑、黄)のタルチョー(チベット仏教の経文が印刷された旗です)。今いる世界の大部分の色が地味で淡くて少ないだけに、空の蒼さ、葉の緑、5色のタルチョーなどが、とても鮮やかに浮かび上がって見えてきます。
 村の人々もとても感じが良いし、チベット系の顔なのでとても親近感が持てます。昨日までいたナコ村では、3日間の滞在の間に2度も食事を御馳走になり、チャイも何杯も頂いてしまいました。

 今はタボという村にいます。とても静かな村です。
 昼過ぎ、タボゴンパの中の仏画や仏像を拝見させてもらいました。
 背を屈めて入口の扉を潜ると、そこは40畳程の広さの前室でした。窓はなく照明もなく薄暗い中、中央に木の柱が1本すっと立っています。入り口の扉から入る光と、隣の集会堂から漏れる朧げな光で、四面の壁に描かれた壁画をかろうじてみることができました。青、橙、白、赤、緑、黄など派手な色で彩色された、時に荒々しく時に穏やかな仏の姿が壁全体を覆っていました。
 仏に囲まれた部屋の中、蝋燭の橙色の光が照らす小さな空間の中から経文を唱える僧の低い声が聞こえてくると、自分の意識が何処か別の場所に行ってしまうような、うっすらとした恐怖にも似た感情が湧き上がってくるようでした。

インド・タボ

 宿には電気が点かずロウソクの灯りでは不十分なので、ゴンパの軒先でこの手紙を書いています。宿は寺のすぐ横にあるのです。時刻は午後6時50分。日は西の山の向こうに沈んでしまって周りが青っぽくなってきていますが、まだしばらくは明るいです。手紙を書くには十分です。でも、少し肌寒くなってきました。
 斜め後ろ、すぐ近くで黒い犬の親子が無言で遊んでいます。正確には、子犬が懸命にじゃれてそれを母犬が適当にあしらっている、ですね。子犬は丸顔短足で本当に小さくてとても愛くるしいのに、これ以上ないっていうくらい土と埃で汚れています。ボロボロのモップみたいな感じです。でも、とても元気です。
 チベットレストラン前の広場では、子供達がクリケットをしていました。その広場は毎日夕方になるとクリケット場になります。そういえば、僕が初めてここに来た時も夕方で、乗せてもらったジープがこの広場で止まって、やっぱりクリケットをしていた子供達に「兄ちゃんら邪魔だよ」と言われたのでした。

 僕がスピティに来て、ここでこうして手紙なんか書いているのも、元はといえば君からのメールがきっかけになったのです。おかげで僕は今ここに居て、そして君に向けた手紙を書いている。不思議な気がします。

 ありがとう。
 ここは、本当にいいところです。

インド・タボ

( Tabo / India / 2002 )