4-11 ゴア~ムンバイ

 どこかから声が聞こえてくる。
 すぐ傍で喋っているようだ。周波数の高い2種類、いやもっとかもしれない。誰か女性が僕のすぐ近くで会話しているらしい。交互に間断なく続く話し合いを僕は聴くともなしに聞いていた。始めの内は何について話しているのか分からなかったが、どうやら音楽についての話題のようだった。今どんな曲が流行っているとか、誰某が人気だとかそういうことだ。しかし肝心の固有名詞は上手く聞き取ることができず、知っている単語も聞こえているように思うが、あやふやで思い出せない。声の感じから浮かんだ知り合いの顔も、果たしてそれが誰なのかも分からない。何もかもが曖昧である。声がする方を見ようと思っても、何だか薄朦朧としている。身体も痺れたようにだるくて動かすことができない。

――それにしても久し振りに日本語を聞いたような気がする。
 そうだ、今インドを旅行しているのだ・・・
 左の方から耳に入ってくる声。
――では僕は今何をしているのだ?
 女性同士の会話は聞き取れるようで上手く認識できない。
――なぜ日本語が聞こえるのだ?
 それぞれのパーツには見覚えがあるが全体が把握できない知り合いの顔。
――夕方パナジからムンバイ行きの夜行バスに乗って、車内は満員で僕以外は全てインド人で・・・
 まだ声が聞こえてくる。
――僕は一人でバスに乗っていた・・・
 身体を動かそうとすればするほど真綿で縛られているような心地の良い不自由さ。
――大渋滞の小さな交差点でバスが四苦八苦している時、ちょうど窓の外に駄菓子屋があり、母子がお菓子を買っていて、店内には、角の丸い大きな四角い形の瓶の丸い蓋を閉めている店番のサリーを着た女性が立っていて・・・
 聞こえてくる言葉。
 日本語?
 違う。これは最近よく耳にするヒンディー語。やや小声で交わされるヒンディー語だ。

 そこで僕は覚醒した。

 窓枠に右肘を乗せ、折り曲げた腕の手首あたりに顔を凭せ掛けて僕は居眠りをしていた。室内電灯に照らされた車内を見回す。バスは止まっている。左隣とその向こうの座席に12歳くらいの小さな女の子が2人、座って喋っていた。後ろを見る。他に乗客はいない。外は真っ暗だ。まだ、夢は覚めていないのか?
 夜10時。遅い夕食のための休憩時間だった。彼女らと、寝ている僕以外の乗客は食事のために外の食堂にいたのだ。
 未だ本格的に覚醒できないでいた僕は、バスの外に出て背伸びしてみた。少し湿った空気と土の匂いがした。

( India / 2002 )