4-10 ゴア

 宿の前の海岸線は波と風に荒々しく侵食された赤い岩の断崖になっていた。雨期の始まりを告げるような少し塩辛い強い風が海の方から吹き付けてくる。南に暫く歩く。所々潮風で傷んでいる平屋の旅宿の間を通り抜けると緩やかな下り坂になりそのまま道は砂浜へと続いていた。
 右手の方へ柔らかな曲線を描きながら海岸線が伸びていて、5キロ程先に小さな岬が見えた。左側には防砂林が連なっている。閑散期の海浜に人影は殆どないが、砂に残った足跡だけが、あるものは靴底の模様まで明確に、あるものは崩れて小さな窪みになり、連続した点となって汀の曲線と平行に数本続いていた。
 風は強いが波はそれほど高くもなく、ざざ、ざざ、ざざ、と寄せては引いて、近づき遠のき、砂面に微妙な細かい波線の跡を残しては消えていった。延延々と。何度も何度も何度も。
 西の水平線の25センチばかり上に丸い太陽が薄雲の向こうから朱色の光を投げかけてきている。僕がどこにいても太陽から一直線に伸びる黄金色の道が暗緑色の海面を切り裂くように浮かび上がる。日が沈んでしまう前にこの道を通って向こう側の世界にいってしまうのも悪くないかもしれない。彼岸にはさて何があるのだろう。
 行き着く先はアラビア半島。
 所詮はこの世の中で右往左往するのが関の山なのだろうか。
 
 後方の松林の端からふらりと現れた少女は砂地を横切り波打際を3、4歩越えて踝(くるぶし)までを水に浸し足の底の砂が波に引かれてもろもろと崩れてゆく感触を確かめるように俯きながら立っていた。波の動きに合わせるかのように2、3歩海に近づいては同じだけ引き返す。裾が足元に纏わりつく。
 やがて彼女はしゃがみ跪(ひざまず)くように波の中に座った。両手を前について少しずつ海の方へ躙(にじ)り寄っていく。水を吸って濃くなった薄い青色の地味な柄のサリーが身体にピッタリと張りつき身体の線を浮かび上がらせ、朱色の太陽を反射して部分的に鈍く光っていた。胸の辺りまで寄せる波は時折、やや上に上げた顎を濡らすほどに高くなった。細かく砕けて飛散する飛沫(しぶき)の一つ一つが金色に輝いていた。勢いに負けて僅かによろめきながらもじっと波を受けていた。十重二十重に押し寄せる波は彼女の全身に絡みつき、じわじわと手元に引き寄せようとしている。
 このまま少しずつ彼女の身体は海に溶け出し、海の彼方、太陽に向かって真っ直ぐな白金色の道になってしまうのだと思った。彼女は静かにその時を待っている。もし差し支えなければ、その時が来たら一緒に連れて行ってはくれないだろうか。お礼に君の溶けた海の水を瓶に詰めて何時までも大切に持っていよう。たとえ世界中の海の水が干上がってしまったとしても、君だけはなくならないように。

インド・ゴア

( Goa / India / 2002 )