4-08 マイソール~コーチン

 デカン高原を南下するにつれ、大気が湿り気を帯びてきているのは確実だった。
 マイソールの町も昨夜の雨であちこちに水溜りができていた。だが雨のせいばかりではなく、空気中の湿度そのものが高い。自分の髪の毛を見れば分かる。普段から伸びるに任せたボサボサ頭なのだが、湿度が高いと空気中の水分を含んでどんどん膨らむ。

 今また南の空に雷雲が見える。薄墨を流したような色の巨大な積乱雲は群青色をした夕闇の空の大部分を侵食していた。中央付近で一度くびれ、更にその上からきのこ雲の如き勢いで天を目掛けて密度の濃い塊が吹き出していた。遠めに見ても、くびれの中から押し出されるように灰色の水蒸気がじわじわと押し出されていた。きのこ雲の付け根辺りからは、鋭い光が内部から何度も放出されていた。雲の表面を這うように伸びては消える稲妻が周囲の立体感を強調していた。ここからはあまりにも遠いせいなのか、それともバスを待つ人々のざわめきや発車を待つ大型バスのアイドリングの音でかき消されてしまうのか、雷鳴は僕の耳には届かなかった。

 僕の待っているコーチン行きの夜行ウルトラデラックスバス(期待できる名前だ)はまだ構内に到着してもいない。そろそろ着く時間なのだが。
 再び遠くの雷雲を眺める。暗青色の空は濃さを増していた。先刻まで見ていた時には留処(とめど)なく成長を続けるかに思われた雲は、しかし、稲光の間隔が次第に長くなり、威容を誇った姿も東の方へグニャリとだらしなく傾いていた。雲と空の境界が曖昧になっている。あれほどみっしりと結びつき強力な空中放電を引き起こす水蒸気もやがては拡散し、また別の場所で同じ事を繰り返す。
 人も同じだ。集まり、別れ、出会い、離れ、それの繰り返し。ならば、一生の間に果たして何度、雷電霹靂するような人に巡り会えるのだろうか。あの雲が再び別の場所で雷鳴を轟かせる確率とどちらが高いだろうか。
 何だかこんなことを考えるのは気持ちを暗く塞込ませるだけのような気がしてきたので、大人しくバスを待つことにした。
 3度、遠くの黒雲を見上げた。もう、全ては闇の中だった。

( Mysore / India / 2002 )