4-02 ブサヴァル~アジャンター

 ブサヴァルの駅とバススタンドは隣接していた。徒歩3分の距離であるが、明るくなるまでさっぱり分からなかった。ちょうど中間の位置にチャイ屋の露店が開いていたので一杯貰った。熱くて甘いチャイは朝食代わりにちょうどいい。主人を手伝っている若い男がやけに調子のいい男で、1枚写真を撮らせてくれと頼むと気前良く撮らせてくれた。そして事ある毎にグラスに3分の1程のチャイを「飲め」と言って渡してくれる。結局1杯分の値段で2杯半ばかり飲んでしまった。腹は十分に温まった。

 満員の路線バスに乗り、4時間でアジャンターの手前の町に着いた。そこから定員を3倍は越えているであろう乗り合いのジープに詰め込まれてアジャンターへ行った。周りは皆髭を生やしたインド人の中年男なので、気温以上にとても暑くらしい。20分程で到着したのがせめてもの救いだった。
 石窟手前の小さな広場には土産物屋が軒を並べ、前を通るたびに声を掛けられるので煩わしい。枝が横に大きく広がった樹が真中に立っていて、その下の木陰には暇そうな男達がたむろしていた。その中の少々太った男が黒地にNHKの文字と英語のキャッチフレーズが白字でプリントされたTシャツを着ていた。何でこんなものを着ているのだと尋ねたら、「先日NHKの番組で、ここから生中継を行って、そのスタッフに貰った」と誇らしげに答えてくれた。少し羨ましい。

 少し山を登ったところにあるアジャンター石窟群の石の照り返しが強烈で、歩くだけでも体力をかなり消耗してしまった。石窟の中に入ると少しは涼しいものの、気休め程度だ。
 青緑味がかった蛍光灯の硬く白い光に照らされ浮かび上がる古代の仏教壁画や石仏像は、やけに神秘的な雰囲気を漂わせていた。奈良法隆寺金堂に描かれている菩薩の元になったとされる蓮華手菩薩の、多少色褪せてしまっているものの、物言いたげな切れ長の目や緩やかにS字状にくねらせた身体。ぬっぺりとした輪郭が冷たい陰影のせいで実際以上に立体感が強調されている巨大な石の仏。遥か時を隔ててもなお、目の前に立つ人々に何かを語りかけてくるような存在感があった。
 見学を終えて広場に戻る途中、息を切らせて坂道を登るインド人のおじいさんと擦れ違った。「あとどのくらいで着くのか?」と尋ねられたで、「もう5分位です。頑張って下さい」と答えた。彼は再びゆっくりと石窟へ続く坂道を登っていった。

 広場の一番端の店で冷たい水を買って、軒先の僅かな日陰に隠れるようにして水を飲んだ。若い店主が丸椅子を出してくれた。暑いねと言うと、「今は一番暑い時期だ。でも雨期になれば気温が下がり、この辺りは緑に包まれるのさ。ここは、その時期が最も美しい。但し雨が多いから観光にはあまり向かないけどね」そう言って売物の写真集を見せてくれた。
 今は乾いて白っぽくなった岩壁や石面から陽炎が立ち昇り、谷底の川も干上がり、周りは枯草か、僅かに葉が残っている木しか見えない。しかしその写真の中では、雨水が滝となって流れ落ち、川にはどうどうと水が流れ、岩肌は黒く艶やかで、一面濃い緑でびっしりと覆われていた。俄かには信じがたい。こりゃあすごいねと言うと、彼は「すごいよ」と真面目な顔で言った。

( Ajanta / India / 2002 )