4-01 デリー~ブサヴァル

 昼にデリーを出発してからもどんどん気温は上がり続け、遂に列車内も40度に達した。風呂に入っているようなものである。鉄格子の嵌った窓から吹き込んでくる風は埃まみれの熱風だ。髪の毛ががさがさになる。
 対面3人掛けの席の通路側に座っていた。隣には2人連れのイスラエル女性がいた。座っているのではっきりとは分からないが、2人とも背は高い。170センチ近いようだ。手も足も身体もパーツが大きく見えるが太っている訳ではない。3人掛けの座席は割合大きいので、彼女らは座席の上に足を上げたりして寛ぎながら、1台のポータブルMDに2組のイヤホンを繋げて、2人で音楽を聞いていた。
 すぐ横の女性は黒と黄土色を基調にした地味目の大きな一枚の布を巻きスカートのようにして穿いていた。上半身に付くようにして折り曲げている長い足のこちら側に布の合わせ目があった。気付いていないのか、気にしていないのか、熱いからなのか、肌蹴た黒と黄土色の布の間からつるりとした大腿がぬるりと露になっていた。
 つぅ、と汗が下顎から首筋を伝いTシャツの襟口に吸い込まれる。
 とにかく、ここは熱い。

 背の高い女性2人はマトゥラーで下車していった。その席には今、若いインド人の男1人と、赤ん坊を抱いた父親が座っている。彼の妻は通路を挟んだ反対側の席に座っている。うまく連続した席を買えなかったようだ。暇だったので、ガムの包み紙で赤ん坊に小さい折鶴を折ってあげたのだが、それを認識するほど彼は成長してなかったようで、その他の物と同じように暫くおぼつかない小さな手で持っていたが、すぐにポイっと投げられてしまった。そういえば、さっきも母親に水を飲ませてもらった水筒の蓋を投げていたのだった。

 正面窓側の座席にはインド人の親子が座っていた。手塚治虫のマンガに登場しそうな目と鼻の大きい厳しそうな顔をした父と、少しきつめの目をした20歳くらいの綺麗な娘だった。彼は駅に止まるたびに、ペットボトルに冷たい水を汲んできたり娘のためにお菓子を買ってきたりしていたが、今も窓の外を通ったアイス売りからアイスを買うために列車を降りていた。だが、思いの他停車時間が短かく、列車は発車してしまった。スピードが上がっていく。彼は戻って来ていない。今までは余裕を持って座席に戻っていたのだが、今回はやけに遅かった。当然娘は慌てふためいて立ち上がり、「どうしよう、お父さんがまだ戻ってこない。置いてかれてしまった」と英語で言いながらおろおろした。近くの男が壁にある緊急用のボタンを押した。でも列車はそのまま走り続ける。置いていかれたら面白いのにと密かに期待していたのだが、まさか本当にそうなるとは思いも寄らず、娘の狼狽振りを見ると可哀想な気分になってしまった。
 しかし、彼は通路の向こうから何事も無かったような顔をして、アイスを二つ手に持ち悠然と歩いてきた。最初に気が付いた僕が「戻ってきたよ」と言うと、彼女はもちろん、周りの人達まで安堵の表情を浮かべた。父親の姿を見て娘は文字通り胸を撫で下ろし、何事かヒンディー語で文句を言った。だが当の本人は全く平然としている。何とも人騒がせなおっさんである。

 正面には体つきが大きく唇の厚いインド人の若者が座っていた。彼の友人も隣に座っている。そう、向かいの座席は3人掛けに4人座っているのだ。こういうことはよくある。うまく車掌に話を付けたのだろう。彼らはピッタリ身体を寄せて話をしている。お互いの手をどちらかの膝の上で重ね合わせたり、話しながら太腿に手を這わせたりしている。これは一体・・・。ネパールでもインドでも、男性同士のスキンシップが日本に比べかなり露骨で、手を繋いだり腰に手を回して町を歩いている姿を何度も見た(その割には、男性と女性が手を繋いで歩いたり、女性の腰に手を回したりしている場面は一度も見なかった)。それはいたって普通の事らしいのだが、最初は大層驚いたものだ。しかし、この二人のそれは少しやりすぎではなかろうか、と思う。彼らにそっちの気が無いとしても、見ていて気持ちのいいものではない。むしろ不愉快だ。何が楽しくて男同士の仲睦まじい様子を目の前で見なくてはならないのか。
 暑い。
 そして不快である。

 ブサヴァルには午前5時頃到着することになっていたのだが、真っ暗で駅の看板も判別できない。しかも僕の寝台は窓よりも上にあるので外の様子も分からない。車内放送も構内放送もないので八方塞がりの状態である。早めに降りて出口の方に居た方がいいと判断し、準備をしていると、向かいの下段にいた赤ん坊の父親が彼を抱きながら「ブサヴァルに着いたぞ」と小声で言った。昼、何処へ行くのかという話になって、行き先を言っていたから、教えてくれたのだ。急いでリュックを縛り付けていたチェーンの鍵を外そうとしたが、暗くてよく見えない。小さい懐中電灯を出そうとしたところ、天井の蛍光灯が点いた。向かいの中段寝台に横になっていた昼間の娘さんがスイッチを入れてくれたのだ。彼女の父親はその上の段で熟睡している。慌てて荷物をまとめ、寝台を降りた。僕は小声で2人に礼を言って出口に向かった。列車はスピードを緩め、次第に止まりつつあった。

 ホームに立った。
 夜は明けていないが蛍光灯や看板、ネオンの光で駅構内は意外と明るい。それに思ったよりも人がいる。どこから駅の外に出るのか分からないので右往左往していると、窓際に座った赤ん坊の父親と目が合い、再び軽く手を上げて挨拶をした。
 ようやく出口が見つかって、僕は駅の外に出た。これからバススタンドを探さなくてはならない。

 昼間よりは大分マシだが、ちっとも涼しくはない。

インド・ブサバル

( Bhusaval / India / 2002 )