3-10 インド-28-月

 インドで、28歳になった。

 2日前に出会った、チベット語を勉強している日本人大学院生と夕食を食べ、ささやかながら誕生日を祝ってもらった。久し振りにビールを飲み、少しほろ酔い気分でバス停に向かい発車を待っているバスに乗り込んだ。
 シムラ行きの長距離夜行バスとはいえ路線バスなので、最初のうちはバス停もしくは乗客の指定する場所で止まり、乗降(乗る人は少なかったが)が頻繁にあった。僕の席は左側の先頭で目の前が乗降口のため、バスが止まる度にドアが開き人が通り過ぎ、そしてまたドアが閉まる。少々落ち着かない場所だったが、人を見ているのも悪くはなかった。どうせ夜なので景色も見られないのだ。
 2つ目くらいの停留所で、銀色のステンレスでできた丸い形(丸だとチャパティーがきっちり入るのだ)の弁当箱を持ったお父ちゃんたちがどっと乗り込み、しばらくの間、車内は満席立乗で賑やかだった。仕事帰りなのだろうが、皆柄は違えど長袖のシャツにスラックスである。インドでは作業服というものがなく、道路工事している人も個人商店で日用雑貨を売っている人も同じ服装であるということに、最近気が付いていた。合理的なのか、不便なのかの判断は難しいところだ。
 横の席には、途中乗車した、酒臭く、割腹の良い(ただ単に太った)中年の男が座っていた。僕も少しアルコールの匂いがしているはずだが、多分彼には分からないだろう。
 少し山の中に入り、本当に近くに人家があるのだろうかと疑問に思うくらい真っ暗な場所にしばしば止まり、弁当箱を持った男達が再三再四降りていった。皆、弁当箱と一緒に懐中電灯を持っていたのもこれで頷ける。インドに来て、光の無い夜の世界があるということ実感していた。日本の夜はいつもどこかに光が存在している。それが当たり前だと思っていた。気付くと、車内の電灯も消えていた。

 山を降り、町を抜け、開けた平野をバスは走っていた。車窓を見ると、ほぼ真円に近い月が眩しく光っていた。昨日から今日にかけてがちょうど満月だったことを思い出した。じっと見つめていると目が痛くなってしまうような、それくらい眩しい月だった。あまりきれいとは言えない窓ガラスの向こうに、林の木々とその間に点々と建つ家や商店や工場が、右から左へ代わる代わる現れては消えていった。背景の低い山々の青灰色のシルエットが、じわりじわりと姿を変えていった。
 インドの道路には町なかを除いて街灯も道路灯もなく、ましてやジュースの自動販売機なども存在しないため、夜中はとても暗い。しかしこの日ばかりは強い月の光に照らされて、何もかもが青い輪郭でくっきりと縁どられ、いやにはっきりと見えた。時々現れる川面には無数の銀色の光が煌いていた。思わす目を細めてしまう。
 どうやら、このバスが止まらなければならない停留所はもうないようだった。車内にも立っている人はいない。すでに他の乗客は寝てしまっているのだろうか、それとも静かに眠る努力をしているのだろうか、あるいは外の月明かりに光る世界をじっと眺めているのだろうか。

 車内はしんと静まっていた。無粋なインド製バスの大きなエンジン音と、時折ブレーキの軋む音が聞こえるだけだった。
実はバスに乗り込んでから、夕食にビールまで振舞われたにも関わらず、明日(29日)が自分の誕生日だということを忘れてしまっていた。ふと、そのことを思い出し腕時計を見ると、23時57分を少し過ぎたところだった。
 それから僕は、2秒くらいで消えてしまう腕時計のライトボタンを何度も押しながら、緑色に光るデジタル表示を見続けた。自動車のトリップメーターと同じで、こういうものは1度目を離すと記念すべき数字の変わり目をうっかり見過ごしてしまうものだからだ。
 23時58分39秒頃、ヒッチハイクをしようとしていた3人のインド人をバスの運転手は無視して、その横を走り過ぎた。ヘッドライトに照らされた3人が暗闇の中に生々しくはっきりと浮かび上がり、後ろに流れていった。急いで、時計に視線を戻す。5秒ほど経っていた。
 4月29日午前0時(インド時間)、林と集落の境目くらいの所で、僕は日本より3時間30分遅れて28歳になった。

 いつの間にか、空にはうっすらと雲が出ていた。そのせいで、月はぼんやりと滲むように光っていた。でもまだ、夜のインドを照らすには十分な明るさで、窓の外はもちろん、とっくに照明の消えていた車内にも、隙間無く青白い光は入り込んでいた。
 そのとき世界は、月の光と、静かに眠るインド人で満ちていた。
 28歳の僕は、1人で窓の外を眺め続けていた。

( India / 2002 )