3-05 夜を駆ける

 オートリキシャーが、甲高い蛙の鳴き声のような潰れた音の警笛を鳴らしながら、渋滞するオールドデリーの、人と車と牛と大きな袋を乗せた大八車と埃と排気ガスが入り混じって気持ち悪いほど密度の濃い夜の道を、周囲を牽制し、割り込みを繰り返しながらじりじりと前へ進んでいる。
「やっぱり渋滞じゃないか」ドライバーが溜息混じりに言った。俺のせいじゃないというニュアンスを含んでいるのが分かる。同じことを数分前にも言っていた。いらいらした様子で警笛をひっきりなしに鳴らしながら、小刻みに急発進急停車(ストップ&ゴー)を繰り返す。

 ニューデリー駅前でオートリキシャーを捕まえ、オールドデリー駅へ向かっていた。午後9時半発のチャンディーガル行き夜行列車に乗らなければならないのだが、出発まで45分しかなかった。Eメールを書いていて遅くなってしまったのだ。最初、ドライバーは方角的には逆方向へ行こうとしたので、僕はすぐにクレームを付けた。以前乗ったオートリキシャーはそんなことはなかったからだ。今思えば、ドライバーは「夜はこっちの道は混むからだめなんだ」と言っていたのだが、もう遅い。すっかり渋滞に嵌っていた。舞い上がる埃と無規制の排気ガスで、周りが白く霞んでいる。蒸し暑い夜の空気がねっとりと汗ばんだ身体に纏わり付いている。不快だ。
 僕のせいなのだが、腹が立ってくる。インドの町と人に対しての理不尽な怒りだ。なんでこんなに人が多いのだ。なんでこんなに車やサイクルリキシャーが走っているのだ。なんで信号が止まっているのだ。大八車は道路の脇を通れ。所構わず路駐をするな。次々割り込んでくるな。警笛がうるさい。空気が悪い。息苦しい。汗が気持ち悪い。時計を見るのが怖い。あぁ、ちっとも進まない。
 それでも、どんな隙間も見逃さないような強気の運転で(1回だけ、前のオートリキシャーとぶつかってしまったが)渋滞を抜け、拍子抜けするほど流れの良くなった道路を飛ばし、オールドデリー駅に到着した。恐る恐る腕時計を見ると、発車9分前だった。
「ありがとう。あなたは素晴らしいドライバーだ!」僕は先程までの怒りを忘れ、そう言った。握手をしたかったが、それは止めておいた。彼が憮然とした表情で手を出してきたので、気を良くしている僕は釣はいらないと言って料金を払った。金を受け取ると当然だというように僕を一瞥して、その後不適な笑みを浮かべて走り去った。
 大分経ってから、もしかしたら、渋滞時の彼の態度は演出だったのかもしれない、と考えた。僕の絶望感を煽り、その上で時間前に着くことで信頼を得て、あわよくばチップを貰おうという魂胆。もしそうだとしたなら、彼の作戦は成功したのだ。そう考えても不思議ではないのが、デリーである。だが、多分考えすぎだろう。そうあってほしい・・・。

( Delhi / India / 2002 )