2-13 田舎道

 気持ちの良い天気なので気分も足取りも軽い。こんな日は何処まででも歩いていけそうな気になる。事実、もう既に8キロくらいは歩いているはずだ。
 午前中にバクタプルを発ち、凡そ6キロ離れたチャングナラヤン寺院を訪れた。カトマンドゥ盆地を見渡すような東端の小高い丘の上に立つ古い寺院は、今あるものは三百年前に再建されたものだそうだ。細かな彫刻が施され、ややくすんだ金箔が渋く落ち着いた雰囲気を醸(かも)し出す、こぢんまりとして均衡の取れた姿をしていた。

ネパール・チャングナラヤンへ
 帰り道のことである。
 春霞のように薄白く朦朧(ぼんやり)している田舎道は、歩いていても眠くなってしまうくらい静かで長閑だった。舗装されていない道の周りには緑色の麦穂が一面に広がっている。細い畦道が緑の海を幼児向けパズルのピースのようなあやふやな形に区切っている。菜の花のような小さくて黄色い花が一面に咲き乱れている畑もたくさんあって、色彩的にも明るく軟調な印象画のような風景だった。
 たとえ道が分からなくなっても、畑仕事をしている人や道行く人に尋ねれば、皆親切に教えてくれる。人に挨拶すると笑顔が返ってくる。歩くのが楽しくなってくる。
 集落の中の道を歩いていると、何人か小さい女の子が立ち話をしていた。そのうちの一人、赤い服を着た、輪の中でも年長の女の子が、僕の右手にぶら提がったカメラに気付いた。
「写真撮って」
 少し膨らんだ頬の、どことなく姪に似ていて親近感の持てる女の子が、照れくさそうに言った。
 だが、僕は躊躇してすぐに答えられなかった。
 泊まっているバクタプルは古い家並みが残り落ち着いた雰囲気の町だ。しかし、当然観光客も多く訪れるために、住人がカトマンドゥなどよりも観光客擦れしている感じが否めなかった。小さな子供達から「写真撮って。その代わりお菓子かお金頂戴」などと何度も言われると、何だか気が滅入ってくるものである。売る物がない子供達の現金獲得の手段なのだろうが、あまりにも簡単に言い過ぎる。まるで外国人に対する挨拶のようにそう言われると、何となく馬鹿にするなという気分になってしまう。
 それに、報酬を渡すことを前提に写真を撮るということに僕は非常に抵抗があったので、そういった申し出は一切断る事にしていたし、撮影許可を求めて見返りを要求された場合も撮影しないことにしていた。しかし矛盾しているかもしれないが、写真を送ってほしいと頼まれた場合は別で、喜んで快諾することにしていた。この方が、「写真を撮る。そして撮った写真を渡す」という明解なギブ&テイクの関係が成立しそうな感じがしたからである。実は今日の午前中も、道脇の見晴らしの良い草の上で緑の丘を眺めながら一服していた、真っ赤な服(この辺りの女性は殆ど同じ真っ赤な服を着ている)を着た四人のオバサンに「写真撮るなら金をくれ」と当然のように言われ、少なからず落ち込んでいたのだ。
 だから僕は彼女の言葉に思わず手を広げて、
「何もあげないよ(ノー、パイサ(金))」
と答えてしまった。
 彼女はきょとんとした顔をしたが、また笑顔で「写真撮ってよ」と言った。その表情を見て僕はとても情けない気持ちになり、恥ずかしさを感じ、申し訳なく思った。彼女はそんなつもりなどなくて、純粋に「写真に写りたい」という気持ちで僕に声を掛けたのだった。幸い彼女は僕の言葉の意味に気が付かなかった(彼女には「ノーパイサ」だけでは何が何やら理解できなかったのだろう。だが経験上、報酬を要求している人に対しては十分意味が通じた)。ネパール語が話せなくて良かったと思った。
「もちろん、いいよ」
 しゃあしゃあと僕は答えて笑った。照れ隠しのつもりでもある。周りにいる子供達にも手招きして集めると十二人になった。「もうちょっと寄って、ああ、前のその小さい子、違う、そうその男の子」などと日本語であたふたと指示を出す僕や、ぎこちなく移動する彼女らを、周りの大人が笑って見ていた。
 この一件で改めて、写真は難しい、と感じたのだ。

ネパール・チャングナラヤン

( Bhaktapu / Nepal / 2002 )