1-12 カンボジア交通

 チケットの代理店となっている宿で次々乗客を乗せながら、タイ行きのマイクロバスが早朝のシェムリアップの町を走る。剥き出しの赤い道路には、砂埃を舞い上がらせないために散水車が撒いた水の跡が、複雑でなげやりな模様を作っていた。道の端を濃黄色の衣を纏った僧侶の托鉢の列が静かに歩いて行く。
 僕の宿にバスが到着した時は既に満員で、僕と白人の若者は助手席に座ることになった。悪くない場所である。しかし当然ながら、その後も乗客を乗せるために次の宿の前で止るのだ。乗る場所などないのに。
「奴ら(カンボジアの私バス会社)はシートの数なんか考えずに、チケットだけどんどん売るからこうなるんだ。バカだよな」
横に座った若者が言った。
 一体彼らはどうするのだろうと思って様子を見守っていると、座席に座っていたカンボジア人の男を数人降ろして、その席に宿からの客を乗せてしまった。降ろされた男たちは別段怒る様子もなく、苦笑いをしていた。いくら旅行者向けのツーリストバスとはいえ、それはあんまりだと思ったが、この後休憩所に寄った時、彼らは別のバスから降りてきた。中々融通が利くようである。

「どこから来たの?」僕は隣の若者に話し掛けた。
「俺はベルギーから。マレーシアとタイに1ヶ月半ずついて、カンボジアにも来てみた。アンコールはすごかったけど、そんだけだな。それよりもマレーシアやタイの島は最高だったね」
背は僕より少し高くて、やや丸顔でいたずら坊主のように笑う金髪の若者はクリスという名で、マレーシアのジャングルをトレッキングしたことや、タイの島でぼけーっと過ごした事などを話した。
「あれ食った?なんか鼻水みたいなやつ。タイで食べたけど。うまかったなあ」
「なんだそりゃ。さっぱり分からん」
「知らないのか?絶対食っておいた方がいいぜ。ハナミズ。わははは」
「そんなもの食いたくないなあ。この次は何処へ行く予定?」
「タイに戻ってチェンマイに行ってから帰るんだ。タイはいい所だな。食い物はうまいし、暖かい」
「ベルギーって今すごく寒いんでしょ?」
「ああ、ものすごく寒い。川が凍るからな。日本も寒いんだろ?」
「場所にもよるね。僕の住んでる所は今ごろ雪が降っているよ」
 道すがら、そんな話をした。シェムリアップとタイとの国境を結ぶ国道は驚くほど修繕されていた。バンコクで話は聞いていたが、実際に走ってみると数年前の面影は殆どない。
 3年前に通った時は、道には大きな穴が開き、あちこちで抉(えぐ)れ、橋も落ちかけていた。あまりにも道路の損傷が酷くて、それを迂回するために脇の草原を走らなくてはならない場所もあった。もちろん地雷は撤去されていたのだろうが、不安であった。そんな状態なので胴体が長く車幅の広いバスや大型トラックなどは通行不可能で、信じ難(がた)い悪路を乗り越えられるのはジープかピックアップトラックかバイクくらいのものだった。僕もピックアップトラックの荷台に揺られて、というか振り落とされないようにしがみ付きながら8時間ほどかけて通ったことを覚えていた。
 それが今では穴はほぼ塞がり、開いていたとしても通行に支障を来たす程ではない。舗装されている区間も増えたし、街道が交差する中継地点にある町は見違えるほど大きくなり様相を一変させていた。バンコクからシェムリアップまでのジョイントチケット(通しの乗車券。国境でバスを乗り換えるが、そのままの乗車券で次の指定のバスに乗ることができる。車掌や運転手が先導し、出・入国管理事務所などにも寄ってくれるので、とても楽である)も出回り始め、カンボジアもシェムリアップ周辺は非常に身近になりつつある。

 しかし道は良いのに、パンクするマイクロバス。

01-15-1
 少しは褒めたのにがっかりだよ。
 仕方なく、修理が終わるまで周りをぶらぶらした。
 道路脇の小さな沼では、上半身裸の男たちがバッテリーから伸びた棒を沼に突っ込み電気を流してナマズか何かを捕っていた。自分は感電しないのだろうか。

カンボジア・国道沿い
 30分ほどで修理が終わり、出発。
 小さな弟を荷台に乗せて大人用の自転車を漕いでいる少年や、植木鉢を引っ繰り返したような形の帽子やチューリップハットを目深に被る彼女か奥さんを後ろに乗せてバイクを走らせる若者などが窓の外を流れていった。
 クリスとは結局、バンコクまで一緒だった。彼はタイバーツを殆ど持っていなくて、両替もできなかったので、僕がバンコクまでのバス代の足りない分を立て替えてやった。彼はバンコク北バスターミナルのコンビニで買ったチョコレートのお釣で貸しを返してくれた。既に日はとっぷりと暮れていた。

( Cambodia / 2002 )