1-06 サッカー小僧

 トラートから国境の町ハート・レークに向かってミニバスに乗り、長閑な田舎道をしばらく走ると右手に海が見えてきた。さらに一本道を進み何件か建物が並んでいる行き止まりのような場所に着くと、そこがタイのイミグレーションだ。そばに海が見えるので、なんだか国境のくせに開放的な気分だ。
 出国手続きが終わり建物を出て少し歩くと、今度はカンボジアのイミグレーションにたどり着く。ガンジャでもやっているんじゃないかと思うくらいトローっとした係員にスタンプを押してもらった。いい加減な仕事振りだが、賄賂は要求してこなかったのでよしとしよう。
 バイタクで10分ほど走ると大きな川が見えてきた。建設途中の長い橋が向こう岸に伸びていた。僕は沈みそうで不安になる小型ボートで向こう岸に渡り、カンボジアの国境の町コ・コンにやっと立つことができた。
 船着場から5分程の場所にある風通しの良さそうな宿に決め、そこで明日のシアヌークビル行きの乗船券も購入した。後で思うと少し高いような気もしたが、取り立てて後悔する金額でもなかった。まだ午後1時をまわったばかりだったので、散歩をすることにした。
 天気は良く、日差しも強い。
 造りかけの橋の傍に行ってみた。道路と川との間に砂地のグラウンドのような場所があり、そこで3人の少年がサッカーをしていた。少し離れた場所から彼らのボール捌きを眺めていると、彼らが僕に向かって手を振った。心の中では少し期待していたので嬉しかったのだが、素知らぬ顔で彼らの方に歩いていき
「よう」
と挨拶をした。日本語である。カンボジア語は全然覚えていなかったし、日本人なのに英語でハローなんて言うのも滑稽な気がしたからだ。タイの国境に近いのでタイ語の挨拶も通じたかもしれないが(実際、タイバーツはこの町で通用する)、とにかく日本語を選択したのだ。
「よう」 と彼らも僕の真似をしてそんな挨拶をした。
「日本人?」 「そう。日本人」
「サッカーは好きか?」
「好きだよ」
「一緒にやろう!」
 好きなのはするほうではなく見るほうだと思いながら軽く打ち合わせをして、2対2でミニミニゲームをすることになった。3人の中で一番小さい少年がパートナーとなった。ぱっと見たところ砂地に小石やガラス片などは無かったし、彼らも皆裸足だったので、僕もサンダルを脱いで裸足になった。細かく白い砂が少し熱い。
 適当な間隔を空けて両端に棒切れを2本づつ置いただけのゴールを作り、ビーチサッカーが始まった。3人とも上手くはないが(などと言える立場では全くないのだが)、一生懸命に動き、サッカーを楽しんでいた。2対2なので常に走り回らなければならず、一旦抜かれてしまったら即ゴールなので(しかしゴールキーパーも居ないのに何故だか皆シュートを外しまくった・・・)、非常に大雑把なゲームだったが、楽しかった。
 それにしても彼らは疲れ知らずで走り回った。僕はといえば、砂地に足を取られるので足が重く走り難いし、真昼間なので当然暑いし、小さいゴムボールといえど、何回も裸足で蹴っていると足の甲が赤くなり痛くなってくる。1時間くらい頑張ったが、疲れ果て休憩を申し出て、木陰で休むことになった。
 背の小さな少年が僕の持っていたカメラを興味深そうに見ていたので、使い方を簡単に教えて渡すと、次々にシャッターを切った。彼は僕がカメラを向けるといつも変な顔やポーズをした。彼らは3人とも13歳で中学生だそうだ。学校でもサッカーをやっているらしい。暫く休んで今度はPKゲームをした。にきびのある少年が結構豪快にシュートを打った。僕は足が痛くてまともに蹴られなかった。日本代表として、情けない。
 午後3時半頃、練習が終わった。にきびの少年が、
「明日の日曜日、ここでサッカーの試合があるから一緒にやろう」
と真剣な目をして言った。他の2人も「やろうやろう」と言う。僕は既に明日の船の切符を買ってしまっていたので、彼らの非常に魅力的な誘いを断らざるを得なかった。そう言うと、
「どうしてもだめなのか?」
と何度も聞いてきたので、とても申し訳ない気持ちになった。黄色いユニフォームを着た少年が彼を説得してくれたおかげで、ようやく諦めてくれた。
 彼は今度は自転車の後ろに乗れ乗れと言って、僕を荷台に乗せて少しふらつきながらも宿の近くまで送ってくれた。
「そんじゃなー」
最後も日本語で別れた。

01-06-1  この時もし、切符を捨てて彼らとサッカーをしていたら、と後になってとても後悔した。払い戻し不可能な切符代は戻って来ないが、日本にいれば15ドルなど3時間程の労働で取り戻すことができる。しかし彼らと、そして彼らの友人達と一緒にカンボジアの海沿いの小さな町で草サッカーをする機会など、おそらくもう二度とないだろう。後悔先に立たずとはこの事である(逃がした魚は大きい、のかもしれないけど)。
 彼の真剣な眼差しが今でも忘れられない。

( Kaoh Kong / Cambodia / 2002 )