Piece.09 「暁影」

 日の出を見るために早朝5時半に宿を出てバイクタクシーに乗りアンコールワットへ向かう。昼間は肌を焼く日差しが降り注ぐが、朝晩は気温がぐんと下がりバイクの後ろで風に当っているとTシャツだけの身体はあっという間に冷えてしまう。
 暗い森の中の道をバイクの軽いエンジン音が響いていた。同じように朝日を見るためにアンコールへと向かうバイク、タクシー、観光バスなどが何台か走っていた。

 真っ暗なアンコールワットは少し気味が悪かった。
 灯りが何もない通路や回廊を手探りで進んでいく。何回も通っているので大体の感覚は分かっているつもりだった。しかし時折段差の大きい石段に躓きそうになる。明るいときには何ともなくても、真っ暗な今の状況では石柱の後ろから何かが飛び出してきてもおかしくないくらい不気味に思えた。時折誰かが持っている懐中電灯の明りが見えた。。僕の周りはかろうじてぼんやりと見えるくらいの闇に包まれていた。
 何とか中庭に辿り着き適当な場所を探した。下草は夜露で湿っていた。暗くてよく分からないが、周囲にかなりの数の人がいる気配がした。さわさわとささめきが聞こえてきた。

カンボジア・アンコールワット 昨日子供から買ったクローマーを首に巻きつけ寒さを凌いでいると、徐々に空の色が変わり始めた。夜空から少しずつ星が消えていき闇が薄くなっていった。黒から濃紺、紺、藍、群青と色が変化していくにつれて周りの様子もはっきり見えるようになってきた。先刻感じた通り、大勢の人が回廊の端や中央の沿道で朝日を待っていた。
 西の空はどんどん明るく白っぽくなっていった。高さ約60メートルの中央塔を始めその周りを囲む4本の塔が背後からの白い光に照らされてくっきりと浮かび上がっていた。急激に空は白さを増していった。
カンボジア・アンコールワット そして。
 中央塔の左肩に一瞬光るものが見えた。
 それはみるみるうちに染みのように広がり大きくなり眩しい白金色の光が真っ直ぐ僕達の方へ向かってきた。
 周囲からざわめきが聞こえやがてそれは歓声に変わった。
 ゆっくりと、だが少しもその歩みを止めることなくそして音もなく白金から黄金色へと姿を変えた太陽は、僕らを明るくそして暖かく包んでいた。

( 1998 / AngkolWat / Cambodia )