Piece.07 「少女」

 あともう少しで出発の時間だった。
 マキレンという名のその少女は角度の浅い朝の白っぽい光の差し込む木造の小さな土産物屋の中に座っていた。しっかりと化粧をしているものの、まだ幼くあどけない少女の顔だった。だが、彼女は姉2人とこの土産物屋を任されている立派な女主人でもあった。

タイ・メーホンソン
 1泊2日で、タイ北部メーホーンソンから更に山奥へ入ったところにあるカレンの村に来ていた。カレン族というのはタイ・ミャンマー国境付近に住む少数民族で、その中にパダウン族(首長族)やコヨウ族(耳長族)が含まれている。

 パダウン族の女性は真鍮でできた渦巻状のものを首に巻いていて、首が長く見えるので首長族と呼ばれている。実際は首が伸びているのではなく、真鍮でできた渦巻きの重みで肩を肩や肋骨が下がり、その結果首が伸びているように見えるのだ。5歳頃から徐々に輪の数を増やしていき、最終的には10キロ以上になるそうだ。
 なぜ女性だけが重い渦巻を首にはめるのかについては諸説あるようである。
 伝説ではパダウンの祖先は白鳥と龍であるとされているから、首を伸ばして白鳥と龍に似せた姿になろうとしているという説。
 昔からの言い伝えで、パダウンの女性を嫌う森の精霊がその首に噛み付かせようと送ってくる虎から首を守るためという説。
 夫が、妻を家から遠く離れた所へ行かせないために、重い真鍮を首にはめたという説。
 いずれにしろかつて僕が聞いていた、首が長いほど美人ということになる、というものではないようだ。

タイ・チェンマイ近く
 実はこの村の人々は、カレン族とミャンマー政府との紛争のせいでタイに避難してきている難民であった。ミャンマーと国境を接するこの付近では現在でも小規模な小競り合いが起こっていた。
 村は自家発電の電気しかないために夜になると真っ暗になる。
 僕らのグループは満天の星を見るために外に出ていた。
 星明かりのおかげで村は青白い光に静かに包まれていて、ある程度は周りが見渡せた。僕らは各々、近くをぶらぶらしたり立ち止まって夜空を見上げたりしていた。
 突然ガイドの人が緊張した小声で「静かに。灯りを消してじっとしていろ」と言った。
 山の上の方でライトの灯りが見えたらしい。見上げると、確かに木々の間に人口の光がチラチラと見えた。しかもその光は次第に下に降りてくるようであった。
 「そのまま静かに」と言われ、緊張しながらもその場でじっと息を凝らしていた。どんどん光は僕らの方へ降りてきて、それと共に鼻歌のようなものも聞こえてきた。
 「鼻歌?」 どうやら見張りの男が下山してきたようであった。みなホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
 だが、此処では戦闘が割と身近なところにあるということが実感できた。僕らが来る3日ほど前にも銃の暴発騒ぎがあった。昼間だったそうだが村中騒然となったらしい。
 ではなぜそんな危険な場所に観光客を呼ぶのだろうか。それは、観光客が来ないと難民である彼らは食べていけないからだ。難民ゆえにタイで働くことを許されていない彼らの唯一の現金収入は僕らのような観光客が落としていく土産代や宿泊代であった。
 そもそもパダウンの女性は誰もが真鍮の渦巻きを首にするのではなく、本来は満月の水曜日の夜に生まれた女の子だけがする習慣であったらしい。だが村の中には真鍮を巻いた女性があちこちにいた。こんなに多くの女性が満月の水曜日に生まれるはずはないのだ。

07-4 僕らの訪れた翌年から彼らの村が更に奥の方へ移ることになっていた。タイ政府も2004年頃までに、タイにいるカレン族の難民を全てミャンマーへ送還することを決定しているらしい。ガイドの人は、これからは今まで以上に此処に来るのが難しくなる。もしかしたらもう来ることは出来なくなるかもしれないと言った。

 「それじゃあ、またの」
 別れるときの言葉がなんだかとても寂しく思えた。
 彼女は今も元気にしているだろうか。

( 1998 / MaeHongson / Thailand )