Piece. 15 「理由」

岩手県陸前高田市
[2011-5-18_12:16]

「これだけぎょうさんの人でやるからできるんやろのう。こんなもん1人とか2人やったら手をつけるのも嫌んなるざ」
 丸顔の男性が言った。
「ほうやのう」と隣の男性が目の前の田んぼを見ながら相槌をうった。

 殆ど雲がない青空が広がり、屋根瓦や様々な漂着物、水で腐った衣類や毛布などが散らばった田んぼには強い日差しが降り注いでた。
 2km程先には海が見えた。そこからこの田んぼまで建物は何1つなかった。半壊した家が傍に残ってる。
 緑色のビブスを着けた10人の男女が1つ1つ、落ちている異物を取り除いていた。
 ビブスの背中には「チームふくい」と書かれていた。
 ほんの3日前に集まったばかりなのに皆さんとてもチームワークが良く、一緒に協力して手際よく作業を進めていた。休憩時間や食事のときも和気藹々とお話をされていたのが印象的だった。

 どうして参加されたんですかと聞くと、
「震災後から何かしたいと思っていて、県がボランティアバスを出してるというので参加した」
と答える方が多かった。
「2004年の水害の時に一乗谷で泥かきをしたことがありますが、県外で活動するのは初めてです」と僕が言うと、「ああ、そうですか。私はそこに住んでいる者です」と言った男性がいた。
 その人は安波賀に住んでいて水害の時はお宅も水がついたそうだ。当時も市内からはもとより全国からボランティアの方々が来てくださり大変お世話になったので、今回はその恩返しの意味もあって参加したのだそうだ。
 1997年の原油流出事故を引き合いに出す方もいた。

岩手県陸前高田市
[2011-05-18_11:11]
岩手県陸前高田市
[2011-05-18_11:156]

 各地のボランティアセンターでも神戸を始め関西圏から参加されている方が多くいた。駐車場に停まっている車も関西ナンバーを多く見かけた。聞いてみるとやはり、阪神大震災の時全国の皆さんに助けていただいたから、という理由でやってきた方ばかりだった。
「自分が西ノ宮で被災したときは自分と自分の周りの人のことで精一杯だったから、ボランティアの方々が大勢近くで手伝ってくれていたことに全然気が付かなかった。こうして今ここへ来て、ようやく自分たちが当時はたくさんの人たちに助けられ、支えられていたのだということを実感しました」
 阪急電鉄の運転手だという男性はそう言っていた。

 何かしたいから来た。
 助けられたから恩返しがしたくて来た。

 とても単純だけれど、誰にでも持つことができる、とても大切な理由だと思う。
 そして多分、場所が変わったとしても時代が変わったとしても、この気持ちがあればずっと繰り返しお互いを助けていくことが可能な、とても素敵な気持ちだと思った。

岩手県陸前高田市
[2011-05-18_10:51]

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