Piece. 13 「1人でもできること」

[2011-5-25_17:05]

 作業先から自分の車を運転して石巻ボランティアセンターへ戻る道を走っていた。

「おじいちゃん喜んでいたね」
 僕は助手席に座る若者に言った。
「そうですね、嬉しいです。自分なんかまだまだ見習いで何もできませんでしたけど」
と彼は少し恥ずかしそうに言った。

 2人で80歳のおじいさんが住むお宅へ伺い、移動したままのピアノや倒れた重いものを片付ける手伝いに行った帰りだった。津波の被害はない地域だったので作業は比較的楽な方だった。
 このおじいさんは数年前に玄関先の凍った部分で足を滑らせて骨折してしまって以来あまり自由に動けなくなってしまったものの、何でも自分のことは自分でやるという気持ちが強い方で、今回の作業も重いものや大きなものを動かす作業だけを僕たちが手伝い、周りに散らばった細かいものは少しずつ自分で片付けるつもりだと仰っていた。
「80なのに四十肩ってのも可笑しいんですけど、肩が上まで上がらなくて」と笑っていた。

 ここに来る途中に若者が柔術整体師の見習いだと聞いていたので、作業が終わって一服している時に、自分ができる範囲でマッサージしてあげることを提案してみた。
 彼は丁寧に説明しながら、柔らかい手つきでおじいちゃんの背中や肩を揉みほぐしていった。
 私の先生だったらもっとちゃんといろんな部分を診てあげることができるので申し訳ないですと言いながら、20分ほどの時間をかけてマッサージを行った。
 おじいちゃんは終わった後、「ああ、楽になったです」と言ってちょっと肩を動かしてみせた。

 奥さんは仙台市内の病院に入院中で、娘さんも離れた町で暮らしているという。
 普段はこの家に1人でいるのだろう。
 ボランティアでやってきた見ず知らずの男2人であっても、一緒にいて話ができることが嬉しいみたいだった。
 NHKの朝ドラマの再放送を見ながら
「今日の話には感動しました。私もかつて小学校の教師をしていたので、余計に気持ちが分かるんです」と懐かしそうに言った。
 僕らは一緒に古い家の匂いがする居間に座り黙ってテレビを見ていた。

「私はこれから少し出かけてきますので、ここに居てください」
 おじいちゃんが外出しようと立ち上がった。
 さすがにそこまではできないので、僕たちはセンターへ戻ることにした。
 少し寂しそうな顔をして「そうですか」とおじいちゃんが言った。

 今回千葉から石巻にボランティアに来たのは、自分に何ができるのか確かめてみたかったからだと整体師見習いの若者が言った。
 ここへ来て今日で3日目になり、2日間は大人数で泥かき作業を行ったそうだ。
「ああいうマッサージは君にしかできないことだし、おじいちゃんも肩が痛いと言っていたから良かったと思うよ。みんなで一斉に作業することだけが、僕らがここでやることではないから」と言うと、そうなんですねと彼は言った。
 僕は大船渡のおばあちゃんを思い出していた。

 1人でもできることはある。
 1人のためだけに相手の話を聞いて、手を繋いで、傍にいてあげること。
 1対1で向かい合うこと。

 不特定多数のために、漠然とした何かのために大きな規模で行動することだけが我々のすべきことではない。
 誰か自分を必要としている相手がいるのなら、まずはその誰かのためだけに時間を使い、行動することが大切なのだ。

 そうして相手が元気になれば、その人の周りの人にも元気が伝わって、
どんどん元気の波が広がっていくのだと思う。

/* 石巻市門脇町 — 宮城県石巻市 — 2011 */