Piece. 01 「関心を持つこと」

[2011-5-17_17:51]

 幸か不幸か、経験した人にしか分からないことがある。
 本物を見た人にしか語れないことがある。
 いくら共感したり思いやったり手を差し伸べたところでその人たちと一緒にはなれないのだ。

 しかし無理に一緒の気持ちになる必要はないと思う。
 それぞれのやり方で行動すればよいのだ。

 自分の生活が元に戻ったのなら、楽になった時間を利用して未だに不便を強いられたり、人手を必要としている所へ行って、身体を動かせばいいのだ。

 『関心を持ち、これからに向かって行動すること』が大切なのだと思う。

[2011-5-17_18:29]

「本当はお願いしようかどうか、とても迷ったんですよ」

 作業が一段落し、僕たちは男性が若い頃南米を旅行したときに毎日のように飲んだというマテ茶を勧められ、未だ片付かず雑然とした居間で紙コップに注がれたほんのり甘い赤紫色のお茶を飲んでいた。

 その日ボランティアとして僕を含む男性4人が派遣されたのは仙台市内の住宅地にあるお宅だった。
 地震により倒れた箪笥等の片付けの依頼だ。
 最初見たときは部屋の中のあらゆるものが飛び出したりずれたり倒れたり、どこから手を付けていいものやら分からない状態であったが、指示を受けながら1つづつ元の位置に戻す作業を進めていった。
 僕の他は20代前半の若い男性ばかりだったので力の必要な作業も難なくこなし2時間ほどで終了してしまった。

「皆さんに手伝ってもらったおかげで助かりました。あとは自分1人でも片付けられますから」
 男性もマテ茶を飲みながら話し始めた。
「暫くは片付ける気力もなかったですし、小さい子どももいるのでなかなか時間が作れませんでした。そろそろ始めようと思っていた矢先に、また大き
な余震(4月7日仙台市内で震度6強)があったでしょう?いつまでもこんな状態が続くと参ってしまいますね」
「自分の家よりもまだまだ酷い場所があるのに、ボランティアさんに手伝ってもらって良いものかどうか迷ったのですが、いつまでも自分の家をこの状態にしておくわけには行きませんから」
 ガラス瓶で作られたマテ茶のお代わりを勧めながら男性は話を続けた。
「こう思うことにしたんです。他の方よりも被害が少なくて早く元の状態に戻ることができたなら、それからはまだ助けが必要な方に自分が何かできることをしていけば良いのではないか。たいしたことはできないかもしれませんけどね」

「皆さん、海の方はご覧になりましたか?」と聞かれたので先日歩いて見に行きましたと僕は答えた。
 他の仲間は昨日仙台に着いた若者や普段は県外の大学に通っている学生だったので、まだ津波被害のあった場所には行っていないようだった。
「酷かったですね。とても広い範囲の田んぼに車や廃材が散らばっていますし、何より塩がすごいです。よく家族で行っていた海沿いの公園があったんですがしばらくは行くことができないでしょうね」
 数日前に見た景色が蘇ってきた。
「この町に住んでいると、知り合いなどからいろいろな話も聞きます。信じられないような話ばかりです」
「私は見ること、聞くことはとても大切なことだと思います。ここで何が起きたか、どんな状態だったのか、そういうことはなかなか直接経験できることではありませんが、少なくとも今の状態を見たり、経験した人の話を聞いたりすることはできます。それを忘れずに、そして他の人に伝えて地震や津波の記憶を共有し、私たちみんなでこれからを考えていくということが大切だと思います。そうすればもっと自然にお互いが助け合っていけると思いますし、将来への大切な経験になると思うのです」

 いつの間にか作業時間と同じくらいの時間が過ぎていた。
 僕たちは男性のお宅を後にした。
 帰り道、今回の移動手段である自家用自転車をこぎながら若者が、
「結構早い時間に作業が終わってしまったのでこれから海の方へ行ってみようかな」と言った。
「絶対行って見て来た方がいいよ」と僕は言った。

[2011-5-17_18:54]

[2011-5-17_17:57]

/* 気仙沼港付近 — 宮城県気仙沼市 — 2011 */